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孤高の天才軍師を描く戦国エンタメの傑作、13年ぶりに復刊

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『哄う合戦屋』|北沢秋|河出文庫

哄う合戦屋北沢秋(きたざわしゅう)さんの歴史時代小説、『哄う合戦屋(わらうかっせんや)』(河出文庫)が河出書房新社より、13年ぶりに装いも新たに復刊しました。
yocoさんの装画、大倉真一郎さんによるスタイリッシュな表紙も印象的です。

戦国時代の信濃国を舞台にした、血沸き肉躍る、戦国エンターテインメント小説で、刊行当時には書店員が絶賛されました。第2弾『奔る合戦屋 上・下』、第3弾『翔る合戦屋』の3作品で、50万部超のベストセラーとなっていました。

とはいえ、毎日のように次々と新しい文庫が刊行され、歴史・時代小説だけでも年間500点を超える出版点数となり、書店の文庫コーナーでは、売れていた本でも、品切れ、増刷未定となり補充されないまま、いつしか当該タイトルが絶版となることは珍しくありません。

そんな厳しい状況のなかで、本作品をはじめとする、「合戦屋」シリーズが復刊することは、ファンとして喜ばしい限りです。

時は天文十八年(一五四九年)。甲斐の武田と越後の長尾に挟まれ土豪が割拠する中信濃。その山間の小領主のもとに天才軍師・石堂一徹が流れ着く。一徹を得た領主の遠藤吉弘は、急速に勢力を広げる。だが「天下獲り」を夢見る一徹と、一徹の才を疎ましく感じはじめた吉弘の間に溝が生まれ……孤高の天才がゆえの悲哀と活躍を描く戦国エンターテインメント!!

(『哄う合戦屋』カバー裏の紹介文より)

天文十八年(1549)春。中信濃の深志と北信濃の塩田平の間にある横山郷の領主遠藤吉弘のもとに、武勇の誉れ高い石堂一徹がやってきました。

「石堂殿がこの地に参られたのには、何か目的がございますのか」
「道中で日の出村の用水堤の評判を聞き、是非ともこの目で確かめたいと思い立ったのでござる。そこで昨日、日の出村を音zれ、名主の幸兵衛宅に逗留しておりました」
「あの治三郎堤を見られましたのか。いや、あれには長い物語がござるのよ」
 吉弘は得意げな表情で語り始めた。

(『哄う合戦屋』P.18より)

吉弘の話を聞いた一徹は、新田開発のために用水堤を作らせた内政の手腕に舌を巻き、その結果、戦いではなく新田開発で所領を二千石から三千八百石にまで増やしたそのやり方と善政ぶりに着目して、臣従することを申し出ました。

内政の達人ながら、戦はからっ下手な吉弘は、ずば抜けた軍略の才を有する一徹にとって理想の主君でした。

当時は、応仁の乱以来、七十数年が経ち、地域ごとに有力な戦国大名によって統一されつつある時代。信濃国のみ統一が遅れ、ようやく近年になって北信濃の村上義清、中信濃の小笠原長時、南信濃は諏訪氏を滅ぼした武田晴信(後の武田信玄)の手によってまとまりつつありましたが、まだあちこちに数多くの豪族が独立して勢力争いを繰り返していました。

吉弘から信濃はどうなるか尋ねられた一徹は、「このまま行けば、信濃は早晩、武田晴信のものとなるのではありますまいか」と答え、武田に人質を差し出して友好の意を通じておくのがよいと続けますが、吉弘は武田晴信という人物を信じられない、誰も頼らずに生きていきたいと。

それからひと月余りが経ったころ、吉弘の館に領地を接する中原郷の領主高橋広家が夜討ちを仕掛けるという知らせがもたらされました。
その日、吉弘は八十名を率いて野武士の一団の掃討に出掛けていて、この時館にいる兵力は留守居の十名しかいません。夜討ちまでに吉弘らが館に帰ってくることは時間的に無理。道は二つで、一つは館を捨てて吉弘の妻子をどこかへ落とすこと、もう一つは館に立て籠もって、最後の一兵まで徹底的に戦うこと。

しかし、与えられた時間は僅かに一刻(二時間)しかなく、女子どもを連れた逃避行では勢いに乗った高橋勢の追跡をかわすことは不可能、一方、籠城するにしても防御が備わった城ではなく、ただの屋敷で格別の防御力があるわけはなく守備側はわずか十名なので、守り抜くことは困難です。
まさに絶体絶命の状況の中で、一徹の手腕が試されます……。

そこで一徹が指示した戦術は、想像を超えるものではありながらも理に適っていて、鮮やかであり効果的なものばかりで、望外の成果を次々に収めていきます。吉弘と一徹による二人三脚の国盗り物語はここから始まりました。連戦連勝が続くにつれて、所領も拡大していきました。

が、やがて、「天下獲り」を夢見る一徹と、その軍才を疎ましく感じはじめた吉弘の間に溝が生まれていきます。孤高の天才の悲哀と蹉跌の描写も見事で最後の1ページまで一瞬も目が離せません。

「拙者の胸のこのあたりに、手負いの獣が棲んでおります」
 一徹は、節くれ立ったこぶしを自分の胸に置いた。
「その獣は常に飢えて、眠ることを知りませぬ。暮夜一人静かに灯火に向かえば、その獣の息吹が鼓を打つような律動となって拙者の血を騒がせ、手足を舞わせます。酒なしで何で眠れましょうぞ」
「才ある者が生きることは、かえって辛うございますね」
 若菜は温かみのある声でそう言い、それからふっといつもの澄み切った表情に戻った。

(『哄う合戦屋』P.228より)

本書が戦国エンターテインメントとしての痛快さとともに、人間ドラマとして深い感動をもたらすのは、もう一人の主要人物である吉弘の娘・若菜と一徹との共振ぶりにあります。

感受性が豊かで、歌に絵に優れた才を発揮する若菜は、一徹の鋭敏過ぎる繊細な魂と苦悩をくみ取るとともに、自身はその夏空のような爽やかさで、領内の人心をも掌握する稀有な人物として描かれています。著者は若菜を丹念に描いていくことで、彼女の眼を通して描かれる一徹の別の面をクローズアップしていきます。
彼女の存在によって、戦続きの殺伐した物語に、ロマンあふれる温かな色彩が加えられていき、本書の読み味を格別なものにしていきます。

「時代小説SHOW」の管理人の理流こと、私は、続編となる、『奔る合戦屋 下』では巻末の解説を担当いたしました。
『奔る合戦屋 上・下』もぜひ読んでいただければ、うれしいです。

哄う合戦屋

北沢秋
河出書房新社 河出文庫
2024年4月20日初版発行

カバーデザイン:大倉真一郎
カバーイラスト:yoco

●目次
第一章 天文十八年 春
第二章 天文十八年 晩春
第三章 天文十八年 夏
第四章 天文十八年 晩秋
第五章 天文十九年 早春
最終章 天文十九年 夏

解説 細谷正充

本文357ページ

2011年4月、双葉文庫で刊行された『哄う合戦屋』を加筆修正のうえ、再文庫化したもの

編集協力:株式会社アップルシード・エージェンシー
巻頭地図:ワタナベケンイチ

■今回取り上げた本



北沢秋|時代小説ガイド
北沢秋|きたざわしゅう|時代小説・作家 東京都生まれ。東京大学工学部卒業。 2009年に、『哄う合戦屋』でデビュー。 ■時代小説SHOW 投稿記事 ■時代小説ブックガイド 読書リスト 『哄う合戦屋』(双葉社・双葉文庫)  おすすめ度:★★★...