観光業にエール。別府温泉を日本一にした油屋熊八の感動物語

『万事オーライ 別府温泉を日本一にした男』|植松三十里|PHP研究所

万事オーライ 別府温泉を日本一にした男植松三十里さんの長編小説、『万事オーライ 別府温泉を日本一にした男』(PHP研究所)をご恵贈いただきました。

本書の主人公・油屋熊八(あぶらやくまはち)は、明治維新の五年前、四国・宇和島城下の米穀商の長男として生まれ、明治、大正、昭和を生き、別府温泉の観光開発に尽力をした実業家です。

JR別府駅には、満面の笑みで、高く両手を挙げた熊八の銅像が設置されています。
しかしながら、本書を手に取るまで、その存在を知りませんでした。

著者は、大きな功績を残したにもかかわらず、歴史の中で、過少評価されている人に光を当て、史・資料を丹念に読み解き、ドラマチックな物語に紡ぎ、再評価するきっかけを与えてくれています。

一時期消滅した奈良県の復活運動に奮闘した『大和維新』の今村勤三しかり、炭鉱開発に情熱を注いだ『燃えたぎる石』の片寄平蔵しかり、そして『調印の階段 不屈の外交・重光葵』も。

明治維新の五年前、四国の宇和島に生まれた油屋熊八は、大阪で経済記者をするかたわら株で大儲けし、一時は「油屋将軍」と呼ばれるほどだった。だが日清日露の戦争後の読みを誤り、財産を失う。妻のユキの助けもあり、熊八は再起を懸けてアメリカへ行くも、思うような成果は得られなかった。しかし、四十八歳で大分県別府で宿屋を始めたときから、熊八の第二の人生は始まった。これまで日本になかったような温泉観光地を――地元の反対、資金不足など、様々な困難に遭うも、仲間や妻とともに別府を日本一の温泉地へと導くまでの奮闘を描いた感動の長編小説。。

(『万事オーライ 別府温泉を日本一にした男』カバー帯の紹介文より)

十代で父に連れられて行った大阪・堂島の米取引を始めた熊八。
やがて、明治以降に西洋から入ってきた株式会社のしくみに興味を持ちました。

大阪では、同郷の新聞記者薬師寺知曨から、妻の妹で女学生のユキを紹介され、武家の出身で可憐な姿に強く惹かれました。
風采が上がらず、身分違いで、本当に自分でいいのか不安になりながらも、縁談はとんとん拍子に進み、ユキは油屋に嫁いできました。

熊八はユキにふさわしい男になるために、大阪に出て経済記者のかたわら株取引を始めました。

 ユキは控えめに言葉を続けた。
「お米屋さんは命を繋ぐ商売だし、私は続けたかったけれど、あなたが走るつもりなら、どこまでもついていきます」
 熊八は感慨深い思いで言った。
「おまえこそ、俺には過ぎた女房だ。俺は、おまえにふさわしい男になる。そのために大阪に出よう」

(『万事オーライ 別府温泉を日本一にした男』 P.59より)

熱意に、経済記者としての知識が加わり、売り買いの読みがことごとく当たって、笑いが止まらないほど次々にお金が入ってきました。
ところが、戦争が終わると、みるみるうちに株価は下がり、盛り返すことを信じて借金をしてまで買いに走った会社は倒産し、株券は紙切れ同然となりました。

熊八は、今まで動かしていた金額に比べ、記者として地道に原稿を書くのが馬鹿らしく、失敗に挫けて、意固地になる自分が惨めになりました。

はじめは虚勢でしたが、いつしか本気で洋行を考えました。
妻を借金の担保代わりに日本に残して、熊八は単身アメリカへ行きました。

ここまで、テレビのバラエティ番組の「しくじり先生 俺みたいになるな!!」に出れそうなエピソードです。

熊八が観光業に携わるのは、アメリカから帰ってきて、十年以上が過ぎた、四十八歳のときでした。
大阪ではもうにっちもさっちも行かなくなり、心機一転、別府の温泉街で妻のユキと二人、亀の井旅館という小さな宿屋を始めました。

「あなたが前に話していましたでしょう。聖書には『旅人をねんごろにせよ』という言葉があって、旅人の中に天使がいるかもしれないって」
 熊八は渡米中にキリスト教に出会い、聖書の中の言葉を心に刻んだ。その中で「旅人をねんごろにせよ」という一節を、妻に話して聞かせたことがあった。

(『万事オーライ 別府温泉を日本一にした男』 P.25より)

二人の宿屋に泊まったある子供の客との出来事をきっかけに、熊八は観光業の素晴らしさに気づきました。そして、大きな夢に向かって動き始めました……。

熊八は、アイディアとバイタリティ溢れる行動力で、別府温泉を日本一へと導いていきます。
幾多の困難に遭いながらも、妻や仲間たちと夢に向かっていく姿に感動を覚えました。

観光業は、二年にわたって続いているコロナ禍で、かつてないほどの打撃を受けています。

失敗を重ねた末に、五十歳近くからの再起。
やがて、“別府観光の父”と呼ばれるまでになった男と彼を支えた妻と仲間たちの物語。

本書は、コロナに負けずに頑張っている観光業に携わっているみなさんにぜひ読んでほしい小説です。
また、感染拡大防止のため、旅行を我慢している人にもおすすめします。

別府温泉と熊八さんのことをもっと知りたいと思っていたら、別府市のホームページに、「別府のことをもっと知ろう!「別府学」」の動画がありました。

別府のことをもっと知ろう!「別府学」学習資料|別府市
市内の小中学生が、別府市の歴史、温泉、観光、伝統文化や先人の功績等を学び、別府に対する誇りと愛着及び自らまちづくりを担う心を育むことを目的に「別府学」の学習資料を作成しましたので紹介します。油屋熊八伝「帰ってきた油屋熊八さん」ムービー

万事オーライ 別府温泉を日本一にした男

植松三十里
PHP研究所
2021年9月2日第1版第1刷発行

装丁:築地亜希乃(bookwall)
装画:藤原徹司(テッポーデジャイン。)

●目次
1 いっちょ、やったるか
2 油を売らない油屋
3 地獄を見たか
4 すったもんだの開業
5 別府温泉日本一
6 発車オーライ!
7 なおも夢は果てなし

本文380ページ

初出:2020年5月から2021年5月にわたって『大分合同新聞』『陸奥新報』『愛媛新聞』に順次掲載された作品を加筆修正したもの。

■Amazon.co.jp
『万事オーライ 別府温泉を日本一にした男』(植松三十里・PHP研究所)
『大和維新』(植松三十里・新潮社)
『燃えたぎる石』(植松三十里・角川文庫)
『調印の階段 不屈の外交・重光葵』(植松三十里・PHP文芸文庫)

植松三十里|時代小説リスト
植松三十里|うえまつみどり|時代小説・作家 静岡市出身。東京女子大学史学科卒。出版社勤務など経て、作家デビュー。 2002年、「まれびと奇談」で第9回「九州さが大衆文学賞」佳作入選。 2003年、『桑港にて』で第27回歴史文学賞受賞...