女心を知る人気作家が、世界の名作57冊をガイドするエッセイ

『名作なんか、こわくない』|柚木麻子|PHP文芸文庫

名作なんか、こわくない柚木麻子(ゆずきあさこ)さんのエッセイ集、『名作なんか、こわくない』(PHP文芸文庫)をご恵贈いただきました。

著者は、2008年に「フォーゲットミー、ノットブルー」で第88回オール讀物新人賞を受賞してデビューし、2015年には『ナイルパーチの女子会』で第28回山本周五郎賞を受賞されています。直木賞にもこれまで5度候補となっています(凄い)。

恋愛や友情、仕事を描いた作品が多く、ドラマ化もされ、実力と人気を兼ね備えた作家です。
(と書きながらも未読で不勉強はなはだしく、申し訳ありません)

名作は堅苦しい、と感じている人も多いだろう。しかしページをめくればそこにいるのは、今の私たちと変わらない悩みを抱えた人々で、女の友情、野心、恋の駆け引き、男の本音といったテーマなどが、余すところなく描かれている。本書は有吉佐和子の『悪女について』からメルヴィルの『白鯨』まで、五十七冊の読みどころとその本にまつわる著者の思い出を紹介。読んだ人もこれから読む人も楽しめるエッセイ集。

(カバー裏面の説明文より)

本書では、人気作家の著者が、フランス文学から12冊、日本文学から21冊、イギリス文学から12冊、アメリカ文学から12冊、合計で57冊の古典的名作小説を取り上げて、その本にまつわる作者の思い出を交えて、読書案内風にガイドします。

日本文学篇はすべて女性作家の小説ばかりで、残念ながら時代小説は紹介されておりません。

書評集というよりは、著者自身の考えや文体も楽しめる、古典の読書をテーマにしたエッセイ集というテイストで、古典はちょっと敬遠、名作なんて苦手という人も気軽に読み進められます。(かく言う私もそのひとりです)

 あー、ファム・ファタルになって遊んで暮らしたいなぁ。
 映画や小説の中にたびたび登場する彼女達は、自由奔放でありながらなんだか憎めないという、お得なポジションを与えられている。いろんなタイプの男性とデートし放題、言いたい放題やりたい放題で、ときめきとワクワクを日々感じている贅沢三昧の女性。そんな夢のような状況を誰もが一度くらいは夢見るはずだ。
 フローベール作『ボヴァリー夫人』のエンマはまさにそんな女だ。(以下略)
 
(『名作なんか、こわくない』P.21より)

こんな書き出しで、『ボヴァリー夫人』の章では読みどころが案内されていきます。
ボヴァリー夫人こと、エンマのことが気になり、どんな物語なのか続きを読んでみたくなります。

お堅い岩波文庫から出ている古典なのに、女性誌に取り上げられるようなちょっとゲスでそれでいて惹かれる夢の世界が描かれた話題作のような錯覚を覚えます。

 女子校育ちのせいだけではないと思うけれど、三十路の今も異性というものがよくわからない。私の作品に男性の影が薄いのは、恥ずかしながら未だにちゃんと理解できていない部分があるし、どう描いていいのかわからないことも多いからだ。(以下略)
 
(『名作なんか、こわくない』P.26より)

バルザックの『谷間の百合』では、著者の創作の秘密に触れる部分がポロっと吐露されています。私は魚のようにそこにまた食いついて釣りあげられてしまいました。

著者は、人妻に恋した若者を描くこの恋愛小説に「男と対等に付き合えるかっこよさ」というキャッチフレーズを付けています。

本書で取り上げた57冊には、それぞれに短めのキャッチ(惹句)が付けられていて、目次に目を通しただけで、それぞれの作品が光り輝いて見えました。(あまりに素晴らしくて、下の書誌データの目次に掲載しました)

日ごろから本の紹介をしている身からすると、本書に学ぶところが多く、人を引き込む言葉の磁力を学びたいと思いました。

本書に取り上げられた作品を読む前に、著者の小説から読み進めたいと思いました。

名作なんか、こわくない

柚木麻子
新潮社 PHP文芸文庫
2021年1月21日第1版第1刷

装幀:albireo
装画:Momoko Nakamura

●目次
フランス文学篇
『女の一生』ギ・ド・モーパッサン ――信じることをあきらめないエネルギー
『ボヴァリー夫人』ギュスターヴ・フローベール ――何不自由ない主婦が破滅へまっさかさま
『谷間の百合』オノレ・ド・バルザック ――男と対等に付き合えるかっこよさ
『女房学校』モリエール ――アイドルが育ての親を裏切る時
『危険な関係』コデルロス・ド・ラクロ ――意地悪な女性に感じる人間味
『居酒屋』エミール・ゾラ ――堕落するヒロインの心情がよくわかる
『ナナ』エミール・ゾラ ――女子の痛快なサクセスストーリー
『クレーヴの奥方』ラファイエット夫人 ――紳士が娘に与えた「モテ教科書」
『愛の妖精』ジョルジュ・サンド 美容テクニックが学べる!
『マノン・レスコー』アベ・プレヴォ 無自覚に異性を振り回す才能
『テレーズ・デスケルウ』フランソワ・モーリアック 殺意の理由を探す追憶の旅
『赤と黒』スタンダール ――むきだしの野心の行き着く先

日本文学篇
『放浪記』林芙美子 ――胸をつかまれるキーワードが満載
『悪女について』有吉佐和子 ――読まなければ損をする物語
『流れる』幸田文 ――おしゃべりを楽しめる小旅行
『おはん』宇野千代 ――超肉食系なヒロイン
『隣りの女』向田邦子 ――大胆すぎる展開に目をみはる
『返事はあした』田辺聖子 ――恋の駆け引きに漂う爽快感
『鮨』岡本かの子 ――食の官能と幸福の記憶
『甘い蜜の部屋』森茉莉 ――濃密で甘い親子関係が描かれた宝箱
『富士日記』武田百合子 ――夫にすすめられた「暮らしの覚え書き」
『アップルパイの午後』尾崎翠 ――澄んだ甘さが滲む戯曲
『女の勲章』山崎豊子 ――史上最悪のヒールが登場!
『お嬢さん放浪記』犬養道子 ――行動力に圧倒される海外見聞録
『鬼龍院花子の生涯』宮尾登美子 ――極道の娘が見た大正・昭和
『幻の朱い実』石井桃子 ――自身の体験を反映した胸の熱くなる友情
『二十四の瞳』壺井栄 ――新学期のきらめきが思い出に変わる時
『氷点』三浦綾子 原罪と「ゆるし」の大切さがわかる
『午後の踊り子』鴨居羊子 ――心のおもむくっまに生きることの難しさ
『ヌマ叔母さん』野溝七生子 ――人を恨まないように心を保つ
『夏の終り』瀬戸内寂聴 ――危い均衡の三角関係が破綻する
『花物語』吉屋信子 ――少女小説の神様が描き出した容赦ない世界
『女坂』円地文子 ――のっけから、とんでもないシーン

イギリス文学篇
『高慢と偏見』ジェイン・オースティン ――十九世紀に生まれた元祖ラブコメディ
『お菓子とビール』サマセット・モーム ――我慢せず、日々を謳歌する妻の可愛らしさ
『ねじの回転』ヘンリー・ジェイムズ ――古いお屋敷の魔力に取り込まれる人間ドラマ
『嵐が丘』エミリ・ブロンテ ――目を背けたい「性分」を描き切る
『ジェイン・エア』シャーロット・ブロンテ ――直球で愛を要求する主人公のすがすがしさ
『不思議の国のアリス』ルイス・キャロル ――背筋が凍る傑作ファンタジー
『大いなる遺産』チャールズ・ディケンズ ――世界一有名な「相続小説」
『ダロウェイ夫人』ヴァージニア・ウルフ ――目の前の一瞬を貪り尽くす女の息吹
『日の名残り』カズオ・イシグロ ――アップステアーズへの一途な思い
『春にして君を離れ』アガサ・クリスティー ――怖くて切ない極上のミステリー
『ハワーズ・エンド』E・M・フォースター ――どんでん返しに仰天すること必至
『1984年』ジョージ・オーウェル 自由の怖さこそが生きている証

アメリカ文学篇
『緋文字』ナサニエル・ホーソン 悪評が魅力や財産に変わる時
『風と共に去りぬ』マーガレット・ミッチェル ――欲望に正直な女の子を肯定してくれる男性
『若草物語』L・M・オールコット ――家族のために男役を担った娘の恍惚と孤独
『この楽しき日々 ローラ物語3』L・I・ワイルダー ――ゆるやかに花開く少女のきらきらした毎日
『白鯨』ハーマン・メルヴィル ――ひたむきな狂気に恋するように引き込まれる
『キャロル』パトリシア・ハイスミス ―変化や成長を受け入れる柔軟性
『怒りの葡萄』ジョン・スタインベック ―キレキレにして真摯なスペクタクル小説
『エイジ・オブ・イノセンス 汚れなき情事』イーディス・ウォートン ―上流社会のルールが醸し出す甘く切ない香り
『グレート・ギャツビー』F・スコット・フィッツジェラルド ――憎めない男のピュアで不器用な片想い
『郵便配達は二度ベルを鳴らす』ジェームス・ケイン ――寂しいのにどこか明るいダイナーの輝き
『遠い声 遠い部屋』トルーマン・カポーティ ――最後の一行まで息をつかせぬ凄み
『ガープの世界』ジョン・アーヴィング ――痛みと向き合うなかで見出す前向きな姿勢
あとがき

本文267ページ

単行本『名作なんか、こわくない』(PHP研究所・2017年12月刊)を文庫化したもの。

■Amazon.co.jp
『名作なんか、こわくない』(柚木麻子・PHP文芸文庫)

柚木麻子|作品ガイド
柚木麻子|ゆずきあさこ|作家 1981年、東京都生まれ。立教大学文学部フランス文学科卒業。 2008年、「フォゲットミー、ノットブルー」で第88回オール讀物新人賞を受賞。 2015年、『ナイルバーチの女子会』で、第28回山本周五郎賞...