『夢窓(むそう)』
服部真澄さんの長編歴史小説、『夢窓』(PHP研究所)を入手しました。
鎌倉から南北朝時代の禅僧、夢窓疎石の生涯を描いた歴史小説。
夢窓は、後醍醐天皇や足利尊氏、直義兄弟に崇敬された禅僧で、西芳寺や天龍寺の庭園の作庭をしたことでも知られています。
2017年3月に刊行された単行本です。
当時興味が薄かった宗教家の物語であることと、600ページを超えるボリュームで、2,200円(税別)とちょっと高いことから、文庫化されるのを待とうと思っていた作品です。
ところが、『文蔵2020.10』のPHP文芸文庫創刊10年の特集記事を読んでから、本書を読んでいなかったことが気になり、無性に読みたくなりました。
夢窓とは、虚無から円覚に開かれている目覚めの窓
その名を持つ禅僧・夢窓疎石は、武士の子でありながら九歳で出家し、南北朝の動乱の時代を生きた。両陣営のリーダーである足利尊氏や後醍醐天皇、さらには七代の天皇から師と仰がれた男の生涯を通して、謎多き時代を俯瞰する長編歴史小説。
(本書カバー帯の紹介文より)
本書の主人公、夢窓疎石は、鎌倉時代末から南北朝時代、室町時代初期にかけての臨済宗の禅僧です。
ところが、この物語の第一章では、夢窓の師である、高峯顕日(こうそうけんにち)の生涯が延々と描かれていきます。
夢窓は、章の終わりのほうで少しだけ登場しますが……。
「私は、帝を殺めてしまったのでございます……」
尼の身なりの女が目前でそう語りだしたので、顕日は我が耳を疑った。
いったい何をいい出すのか。天子を殺したとは、なまじの者が言えることではない。
第一、下々の者には宮中の様子は窺い知れない。語れるはずの話ではなかった。聞いたばかりのことが信じられずに、女の口元を見つめるうちに、生々しい話が狂い咲いていった。
「四条帝の頭は石榴のように割れ、血肉が赤い実の如く、こぼれたのでございます」(『夢窓』 P.12より)
四条天皇が不慮の事故により十二歳で崩御された後、土御門上皇の子・邦仁王が帝となりました。御嵯峨天皇です。
邦仁王(御嵯峨天皇)の子として生まれながらも出家した、顕日の波瀾万丈な生涯に引き込まれていきます。
顕日の生涯をなぞりながら、鎌倉時代の朝廷と幕府の政治状況や、当時隆盛した禅宗の教義についても、理解を深めていくことができます。
なぜ、鎌倉時代に禅宗が武士を中心に多くの人々の心をとらえたのか。
鎌倉幕府の滅亡から南北朝時代への激動の時代、「太平記」の世界は、わかりづらく、一筋縄ではいきません。
当時の実力者たちに影響力を与えた夢窓と、武士たちを虜にした「禅」の教えを通して読み解く、というチャレンジングな歴史小説を楽しみたいと思います。
夢窓
服部真澄
PHP研究所
2017年3月6日第1版第1刷発行
初出:月刊文庫『文蔵』(PHP研究所刊)2015年7月号から2016年6月号まで掲載された作品を、加筆・修正したもの。
装丁:川上成夫+川崎稔子
装丁写真:首藤光一/アフロ
●目次
第一章 ミカドの子にして禅師・高峯顕日の雲夢
第二章 後醍醐の夢幻
第三章 足利尊氏、直義の夢中
第四章 足利義満の夢殿
あとがき
付録 皇統略系図/諸氏略系図/『夢窓』関連略年表
参考文献
本文638ページ
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『夢窓』(服部真澄・PHP研究所)
『文蔵2020.10』(PHP文芸文庫)