『悪左府の女』
伊東潤さんの長編歴史時代小説、『悪左府の女』(文春文庫)を入手しました。
保元の乱は、皇位継承や摂関家の内紛により、保元元年(1156)七月に起こりました。
朝廷の内部抗争の解決に、源氏と平家の武士の力を借りたことから、鎌倉幕府に始まる武家政権へつながるきっかけになった、重要な出来事の一つです。
江戸時代や戦国時代に比べて、馴染みの薄い時代で、本書で歴史の勉強をしたいと思います。
平安時代の末。藤原の氏の長者藤原頼長は冷徹な頭脳ゆえ「悪左府」という異名で呼ばれていた。己の権力争いの道具として頼長が目を付けたのは、下級貴族の娘だった。琵琶の名手である娘は下された密命のため帝の傍に送り込まれる。時代の変わり目に彼女が見たものとは。謎とスリルに満ちた長編宮廷小説登場。
(本書カバー裏の紹介文より)
本書は、保元の乱の主要人物の一人、摂関家(藤原北家)の氏長者(家督)ある、左大臣の藤原頼長を中心に描かれています。
頼長は三十一歳で、前年に左大臣に昇進し、そのときから、「悪左府(あくさふ)」の異名で呼ばれるようになりました。「悪」は力強さを表し、頼長はその突出した能力と妥協を知らない性格から付けられました。
その頼長が権力争いの道具として目を付けたのが、従五位下・諸大夫(下級貴族)の娘・春澄栄子(はるずみえいし)でした。
一瞬の沈黙の後、感慨深そうに頼長が言った。
「風聞通りの醜女よのう」
「申し訳ありません」
栄子が身を固くする。(『悪左府の女』P.20より)
屋敷に呼び出して面談した頼長は、栄子をいきなり「醜女」と評しました。
当時の美人は、髪の毛は黒くストレートで、顔色は白いほどよいとされ、頬は下膨れで、目は細く切れ長で、鼻は小さく低く、唇は薄いのが理想形だったそうです。体全体も小柄でぽっちゃりが人気でした。
ところが、栄子は、色黒で背が高く目鼻立ちがはっきりしているために醜女とされて、その容姿を理由に縁談も断られて恋に気後れを感じるほどでした。
美人の条件が時代によって異なるという視点が物語に興趣を持たせます。
次に頼長は、栄子に得意の琵琶を弾かせてみました。
「そなたは、わしが求めていた申し分ない女性のようだ」
「それは、どういう謂いですか」
「姿形といい、琵琶の腕といい、すべての条件がそろっている。そなたは抱くに値する女だ」
遠慮の欠片もない言葉に、栄子が頬を赤らめる。
「尤もそなたを抱くのは、わしではない」(『悪左府の女』P.25より)
栄子は、頼長の密命をつつがなく勤め上げれば、春澄家を公卿に引き上げるという約束が交わされました。そして、栄子は近衛帝の皇后で頼長の養女・多子に女房(女官)として仕えることとなりました……。
琵琶の名手でもある栄子は、頼長の期待通りに密命を果たせるのか。
頼長は、異母兄で関白の藤原忠通との権力争いに勝てるのか。
歴史はいかにして、保元の乱へと向かっていくのか。
興味が尽きない、この平安ピカレスク小説に心惹かれます。
悪左府の女
伊東潤
文藝春秋 文春文庫
2020年8月10日第1刷
単行本『悪左府の女』(2017年6月、文藝春秋刊)を文庫化したもの
イラスト:甲斐千鶴
デザイン:観野良太
●目次
第一章 名にし負う醜女
第二章 日本一の大学生
第三章 骨肉相食む
第四章 運命の轍
第五章 修羅の相克
第六章 禁断の秘曲
第七章 盛者必衰
エピローグ
解説 内藤麻里子
本文455ページ
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『悪左府の女』(伊東潤・文春文庫)
