『おれは一万石 一揆の声』

米の不作が伝えられる中、高岡藩一万石に一揆勃発

おれは一万石 一揆の声双葉文庫から刊行された、千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おれは一万石 一揆の声』を紹介します。

米の不作、凶作が伝えられるなか、ついに百姓一揆が勃発した。高岡藩も例外ではなく、年貢率と貸米の交渉のため、大勢の百姓が代官所へ詰めかける騒動が起こり、対応を誤ったことから、百姓一揆へと発展した。武力で百姓一揆を鎮圧するのは容易いが……。


『おれは一万石』『塩の道』『紫の夢』『麦の滴』『無節の欅』に続く、「おれは一万石」シリーズの第6作。

 天明七年(一七八七)の秋である。今年も冷夏が続き、米の出来は凶作といっていい状況だった。昨年は例年の七割の出来で危機的な状況に陥ったが、今年はそれよりも酷くて六割強の出来だった。
 もちろん東北や常陸、下野や上野もそれ以上の飢饉で、餓死者が出ているという噂まで耳にした。もちろん下総や上総も同様で、どこの村でも米の出来は昨年にも増して不作だった。
 そこで高岡藩や他の隣接するいくつかの藩、旗本の知行地では、これまで四公六民だった年貢率を、五公五民とするという触れが出された。苦しい暮らしの中で、百姓はさらに負担を増やされたのである。

(『おれは一万石 一揆の声』P.13より)


高岡藩一万石井上家の領地で、九十九里の浜に程近い、横田村、実門村、沖渡村、福俵村、蛇島新田村の五村にだけは、年貢率が上げられたことに加えて、藩から百五十俵の貸米を求められました。

この年貢米に対するお達しに百姓たちは激怒して、横田村の村名主総右衛門らが代表して代官所へ嘆願書を出しました。しかし、代官の大河原は強訴の首謀者として総右衛門を牢に入れてしまいます。

大河原から、強訴の頭取として総右衛門を捕らえた入牢させたという書状が高岡藩の陣屋にもたらされます。中老の河島一郎太は大事にならぬうちに、慎重な対応が必要なことと江戸藩邸への連絡が必要なことを、国家老の児島丙左衛門に念をします。しかしながら、児島は百姓たちを舐めて騒動のことを江戸表には伝えませんでした。

一方、五村の百姓たちは、総右衛門が入牢させられたことで憤慨し、藩や代官所に五村が見捨てられたという気持ちが強くなり、一揆をするしかないところまで追い込まれます。
物語の中で、一揆の行い方や暗黙の了解事項など、細部まで描き込まれていて、臨場感をもって読み進めることができます。

(前略)一揆は、個人でなすものではない。村全体が一つになることで、領主に対して圧力になる。小作や水呑を除く五村すべての百姓が名を連ねたのは、一同に勇気を与えた。
 ここで連判や起請するに至る事情を書き記し、これにも村の者たちは惣連判を行って起請文とした。一揆を行う以上、処罰を想定しなくてはならない。車連判状があるとはいえ、頭取とみなされるのは、村方三役の誰かか、それを交えた複数の者となるのが常だ。死罪だけでなく、田畑を取り上げられたり追放刑を受けたりすることが予想される。
 そこえ起請文には、処罰を受けた者とその家族を「片時も路頭にまよわせ申間敷」と書き足した。
 
(『おれは一万石 一揆の声』P.60より)


五村による一揆の旗揚げの報は、高岡陣屋にもたらされます。
総右衛門からの請願と小競り合いの後の入牢について、児島から江戸へ伝えられていないことが判明し、河島は江戸からの返答が来るまで、なだめ役として郷方廻りの須賀弥兵衛を派遣します。

「私は江戸は日本橋久松町にあります米問屋相馬屋の番頭で、楽太郎というものでございます。通りかかりましたところ、筵旗をお立てになったと知りました。村の方に事情を聞きますと、まことにもっともなお話。義により、ご助勢いたしたく、私ら五名は参りました」

(『おれは一万石 一揆の声』P.76より)


一揆の百姓たちの前に、見かけない旅装の商人ふうと浪人者が一人ずつと、無宿人といった身なりの男三人が、麦一俵を手土産に現れます。

 処理の仕方が、問題だった。それが藩のこれからの治世に関わってくる。
「情を前に出しての処分はできませぬ。しかし百姓の気持ちを踏まえなくては、この始末はできますまい」
 佐名木の言葉は、もっともだと思われた。
「では、どうすればよいのか」
 解決の妙案は浮かばない。正紀にとって、これまでにない危機だ。借金の返済とは質が違う。

(『おれは一万石 一揆の声』P.84より)


江戸の高岡藩上屋敷の世子・井上正紀と江戸家老の佐名木は、ようやく一揆の知らせを受けます。
初期の対応を誤ったことで、一揆として行動が明確になされてしまったことでなかったことにもできません。武力による強引な鎮圧をすれば少なくない死傷者をだしてしまい、逆に甘い始末をすれば藩の威信と政道が守れないと、大いに苦慮します。

「高岡藩は、小さな村一つを取り上げられただけで、大名ではなくなる。一揆の始末をしくじっての減封となったならば、尾張徳川家を動かしてもどうにもならぬ」「ま、まさしく」
「加えて山辺郡の東金には将軍家の鷹の御狩り場がある。老中の水野はそこに絡めて、高岡藩の不始末をけしからぬと申したそうな」
 一揆を起こさせたことを、藩の不始末として責めたのである。

(『おれは一万石 一揆の声』P.98より)


美濃今尾藩主で、尾張徳川家の付家老を務める、兄・睦群が正紀を案じて訪ねて来ました。一揆は厳しく取り締まれと忠告されます。
「領民を守れない藩が、栄えることはない」という妻の京の言葉と板挟みになります。

本書で面白いのは、毎回、藩の存亡の危機として、借金の返済や金策に追われてきた正紀が、一揆という新たな危機に立ち向かうところです。
藩の財政だけでなく、治世にもかかわることもかかわる大問題です。

一揆と並行して、米をめぐる藩内の不穏な動きも描かれていて、エンターテインメント性もある作品に仕上がっています。


◎書誌データ
『おれは一万石 一揆の声』
出版:双葉社・双葉文庫
著者:千野隆司

カバーデザイン:重原隆
カバーイラストレーション:松山ゆう

初版第1刷発行:2018年8月11日
630円+税
285ページ

文庫書き下ろし

●目次
前章 五村の願い
第一章 法螺貝の音
第二章 名主の処遇
第三章 郷方と商人
第四章 九十九里浜
第五章 家紋の印籠


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『おれは一万石 一揆の声』(千野隆司・双葉文庫)
『おれは一万石』(千野隆司・双葉文庫)(第1作)