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若き日の大隈重信の姿を活写

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渡辺房男(わなたべふさお)さんの『円を創った男 小説・大隈重信』を読んだ。渡辺さんに注目したのは、『ゲルマン紙幣一億円』を読んでからである。明治政府が発行した紙幣・明治通宝(ドイツの会社が印刷したことから通称ゲルマン紙幣と呼ばれた)の精巧な偽札づくりに命を懸けた男たちを描いた傑作時代小説。江戸から明治にかけての日本の経済政策に題材を求めたユニークな作品を書いている。

円を創った男―小説・大隈重信 (文春文庫)

円を創った男―小説・大隈重信 (文春文庫)

ゲルマン紙幣一億円

ゲルマン紙幣一億円

さて、大隈重信というと、早稲田大学の創設者で銅像でおなじみ。立憲改進党を率いて最初の政党内閣として総理大臣になった偉い人であることは知っていた。それだけに近寄りがたい感じもあった。本書で描かれるのは、慶応四年(1868)正月から明治四年(1871)五月にかけての三年余のとき、大隈重信の満二十九歳から三十三歳のころ、日本という国の土台が幣制と財政面でようやく出来あがり、先進欧米諸国から明治新政府が認知される時期である。

物語は、佐賀藩の貿易仕置き担当として長崎にいた重信のもとに、鳥羽伏見での幕府軍敗走の報が伝わるところから始まる。長崎奉行の河津伊豆守が逃げ去り、混乱に陥った長崎の町で、重信は長崎に駐在する諸藩をまとめあげて、自分の才覚を新政府に認めさせる動きをする…。

若き日の大隈重信が、産声を上げたばかりの明治政府の外交そして財務畑で力を発揮し、のし上がっていく姿が生き生きと描かれている。明治四年に、日本の通貨の単位が「両」が「円」に代わるがその裏側のドラマが抜群に面白い。いままでの明治時代小説では敵役になることが少なくない、伊藤博文や井上馨も経済高級官僚として颯爽と活躍するので、彼らへの見方が少し変わった。あらためて明治という時代を注目する次第だ。迷走する今の政治家たちに不満を感じている人なら、さらに面白く読めると思う。

それにしても、重信が参議として「新貨幣条例」の布告の中心になったとき、わずかに三十三歳だった。その後の重信は、薩長藩閥派により参議を解任され、下野し政党活動や東京専門学校(後の早稲田大学)の創立をする。外務大臣に任命され政府閣内に復帰するが、爆弾テロで右脚切断という事故に見舞われる。明治三十一年には内閣総理大臣を拝命し、最初の政党内閣として第一次大隈内閣が誕生する。大正三年には二度目の首相を務めるが、大正十一年(1922)1月10日に、83歳で亡くなる。波瀾万丈の生涯といえそうだが、物語は三十三歳までの重信でほとんどの紙幅を終えている。

重信に限らず、他の明治政府の高官たちも、明治維新当時に、三十代から四十代であったことは、その底知れない情熱とエネルギーが、維新を成し遂げて近代国家誕生の大きな要因のひとつといえそうである。

おすすめ度:★★★★☆