二宮隆雄さんの『暗闘』についてのメモ

徳川吉宗(八代将軍)vs.徳川宗春(尾張藩主)の抗争を扱っている時代小説では、えとう乱星さんの『あばれ奉行』、佐伯泰英さんの『悲恋 密命・尾張柳生剣』、黒崎裕一郎さんの『はぐれ柳生殺人剣』『はぐれ柳生斬人剣』『はぐれ柳生無情剣』の三部作が思い出される。いずれも傑作ぞろいで面白く取り上げられる題材である。

物語に鎌倉河岸の酒問屋・豊島屋が登場する。江戸時代初期からの老舗ながら、日本橋を離れた場所にあるので、ランドマークとして使いやすいのかもしれない。

江戸に関する記述が丁寧。たとえば、以下のように説明が記載されている。

「よし。これならい組の消札が立てられるぜ」

町火消しには組の名を書いた「消札」が、町奉行から支給される。消火を終えた消し口に、消札を竿に差し立てる。これはどの組が火を消したかの証拠であり、町火消しの功名争いの種になる。

(『暗闘』P.6より)

そのほかにも、五十歳以上の年寄りと十五歳以下の少年には、振り売りの鑑札が不要だったこととか、蔵前の米蔵の前の大川で取れるしじみは味がよいことから「御蔵しじみ」といわれたことなど。

二宮さんの作品にしては、航海シーンが少なめなのが残念。

主人公の俊傑は僧ながら、若き日の鬼平のように放縦な生活を送ったことがある若者。何やら出生の秘密も持っているところが、またいい。船宿の女将お吟や俊傑と兄妹同然に育ったお志摩など魅力的なヒロインが登場し、剣の達人桐八郎や凄腕の博打打ちの留次郎など個性的な脇役たちなど、キャラクター設定も考えられている。