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近藤重蔵と長谷川平蔵

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逢坂剛さんの『じぶくり伝兵衛』を快調に読み終えた。後年、蝦夷地の探検家として知られる近藤重蔵を主人公とした連作捕物小説「重蔵始末」シリーズの第二弾。若き日の、火盗改(火付盗賊改方)の与力としての活躍を描いて、ますます好調。

火盗改の長官というと、鬼平こと長谷川平蔵が有名だが、本役の平蔵と同時期に加役として火盗改の頭に松平左金吾がいた。老中・松平越中守定信の遠縁筋で名門の出で、庶民派の平蔵に比べて評判はよくなかったらしい。第四話の「火札小僧」の章で、当時の北町奉行初鹿野河内守が病没後の後任をめぐる噂話が記されていた。

同心が探索の手伝いをさせている手先(岡っ引など)の中には、自分の立場を利用して悪事を働く者が少なくなかったことから、手先の使用を禁じる法令がたびたび出されていたが、南北両町奉行所ではこの旧弊を必要悪として、手先を使うことを黙認していた。火盗改でも長谷川平蔵組はそうした手先や密偵を巧みに操ることで大いに効果を上げた。ただ一人、松平左金吾だけが定信の指示を守って、配下の者が手先を使うことを一切認めていなかった。

『じぶくり伝兵衛』では、そんな松平左金吾の組で、きわめてユニークで傲岸不遜、大胆不敵な重蔵のキャラクターが描いていて面白い。重蔵の部下の同心橋場余一郎や若党根岸団平、山碇部屋の力士鬼ヶ嶽谷衛門、元力士で一膳飯屋〈はりま〉の主人為吉とその女房おえんなど、登場人物たちが1作目よりも、物語の世界に溶け込みなじんできたように思える。重蔵の好きな相撲の話が随所に出てきて、とくに第二話「吹上繚乱」では、十一代将軍家斉の上覧角力(すもう)が描かれていて興味深い。

この作品では、犯人捕縛で見せる推理洞察力や武芸ばかりでなく、林子平の『海国兵談』の解釈に見せる知識面にもスポットが当たり、新しい重蔵像が描かれていて、これからも追っていきたい歴史上の人物である。解説によると、逢坂さんのライフワークになる作品らしいので、今後の展開も期待できそうだ。

じぶくり伝兵衛 重蔵始末(二) (講談社文庫)

じぶくり伝兵衛 重蔵始末(二) (講談社文庫)