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「技術立国」幕末佐賀藩に注いだ、無名の若者の記憶と情熱

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『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』|東圭一|佐賀新聞社

来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡東圭一(あずまけいいち)さんの歴史小説、『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』(佐賀新聞社)をご恵贈いただきました。

著者は、2012年に「足軽塾大砲顛末」第19回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞されました。

同賞は九州さが大衆文学賞委員会が主催し、佐賀県・佐賀市が後援する短編推理小説、歴史小説、時代小説の公募新人文学賞でしたが、2017年の第24回をもって終了しました。
過去の受賞者から、今井絵美子さん(第10回)、梶よう子さん(第12回)、今村翔吾さん(第23回)らを輩出しています。

幕末、佐賀藩下士の家に生まれた慎之介は、幼いころより奇妙な記憶に悩まされていた。成長とともにその記憶が百五十年先のある若者の記憶と同期していることを知る。この時、藩では藩主鍋島閑叟の命により、幕府もまだ成し得ない反射炉を用いた鉄製大砲の鋳造に挑んでいた。藩校生の慎之介はこの事業にその特異な知見を持って関わることになり、その後の蒸気機関車の雛型や電信機の製作などにおいても陰でその異能ぶりを発揮する。そして文久三年、藩主より当時の世界最高の銃砲であるアームストロング砲の独自製造の命が下る。
数奇な運命を持つ若者の見た幕末の佐賀は―。

(本書カバー帯裏の紹介より)

本書の表紙カバーを目にして、司馬遼太郎さんの『アームストロング砲』が、まずぱあッと頭に浮かびました。

佐賀藩は、藩主の鍋島閑叟の指導力のもとで技術立国化して、軍事工業力という特異なポジションで幕末維新に存在力を見せました。

本書の主人公は、幕末の肥前国佐賀藩で手明鑓(てあきやり)と呼ばれる、最下級の藩士・龍前(りゅうまえ)与市の一人息子に生まれた、慎之介。

手明鑓とは、佐賀藩と支藩の蓮池藩だけにある身分です。
藩士としての役はありませんが、十五石石の切米が支給され、戦時には鑓一本をもって奉公するように定められていました。

慎之介は、物心ついてからいつも不思議な思いにとらわれていました。
今の自分以外にもう一人の自分がいるような気がしてならず、現実の記憶と比べれば薄ぼんやりとしていましたが、時折混じり合う時もありました。

しかし、その奇妙な記憶に関しては、両親にも親友にも打ち明けることができないでいました。

長じて元服式を終えた夜、慎之介は、はっきりとした夢を見ました。

 龍前慎之介様
 私は、龍前翔太と申します。私は貴方の時代から百五十年先の平成十二年の佐賀に住み、現在十五歳です。西暦で言えばちょうど二〇〇〇年です。私は前世の記憶、つまりはおそらく御先祖様である貴方の記憶を持って生まれました。そしてまた貴方の成長と私の成長が同時に進行しているということも分かりました。(後略)

(『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』P.21より)

夢の中のもう一人の自分が、自分宛てに文を書きそれを読み上げたのです。
慎之介はしばらく茫然としましたが、今までのことすべてに合点がいく思いでした。

自分の生まれ変わりである翔太が、自分に後の世の知識を伝えようとしている、その思いにこたえて、藩のために役立てようと思いました。

技術立国へ舵を取った鍋島佐賀藩で、慎之介は翔太の伝える来世の記憶を、どのような生かしていくのでしょうか。

男たちが政治や剣に拠らず、知力を駆使して近代工業化に向かうプロセスが面白く、史実と空想が織りなす物語に引き込まれていきます。

来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡

東圭一
佐賀新聞社
2020年10月15日発行

表紙写真提供:PIXTA
裏表紙写真:佐賀藩築地反射炉絵図(公益社団法人鍋島報效会蔵)

●目次
第一章 夢の記憶と洋算
第二章 反射炉
第三章 蒸気機関
第四章 電信機
第五章 アームストロング砲

本文213ページ

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『来世の記憶 鍋島佐賀藩の奇跡』(東圭一・佐賀新聞社)
『新装版 アームストロング砲』(司馬遼太郎・講談社文庫)

東圭一|時代小説ガイド
東圭一|あずまけいいち|時代小説・作家 1958年、大阪市生まれ。神戸大学工学部卒。 2012年、「足軽塾大砲顛末」で第19回九州さが大衆文学賞大賞・笹沢左保賞を受賞。 2015年、「強力ごうりき侍 ―近江伝―」で第2回富士見新時代小説大賞...