一針に願いを込め、神田の女縫箔師が縫いあげる心温まる物語

『松葉の想い出 神田職人えにし譚』|知野みさき|時代小説文庫

松葉の想い出 神田職人えにし譚知野みさき(ちのみさき)さんの文庫書き下ろし時代小説、『松葉の想い出 神田職人えにし譚』(時代小説文庫)を入手しました。

本書は、神田平永町の長屋で縫箔師をする・咲を主人公に、同じ長屋の住人たちや仕事を通じて知り合った人たちとの触れ合いを描いた、連作形式の人情小説シリーズの第3弾です。
平永町は、現在の神田鍛冶町二丁目、三丁目で、ちょうどJR神田駅北側あたりです。

同じ長屋に住む幸が昨日から帰って来ていない。心配になった縫箔師の咲は幸が働いている茶屋へ出向き、女将から母親の具合が悪く、実方に戻っているので店を休んでいるという話を聞いた。しかも実方は日本橋にある乾物屋だという。幸は親兄弟も親類もみんな亡くし、身寄りはいないはず……。咲は困惑する。そんな折、幸の姉と名乗る女が長屋に現れて――。
人々に温もりや安らぎを、との願いを込めて絆を結ぶ。傑作人情時代小説のシリーズ第三巻。

(カバー裏面の説明文より)

咲は二階建ての長屋に住み、二階を丸々仕事場として使っています。居職で日中も外に出ずに仕事をしているので、長屋の住人たちとは家族のように助け合って生活をしています。

二十二歳と長屋の女の中では一番若い、路は六日前に二人目となる赤ん坊を生んだばかり。
産後の経過が芳しくなく、咲は長屋の女たちと手分けをして、床上げができない。路の世話をしていました。

幸は、路より一つ年上で、うりざね顔のほっそりした美人。
神田明神の近くの茶屋で茶汲み女として働き、夫新助は料理人で、三年ほど前に夫婦となって、この長屋に越してきました。夫婦仲は良くても子供はまだでした。

ところが、ある日、朝になっても幸が長屋に帰ってきません。
心配になった咲は、幸の勤め先の茶屋を訪ね、女将に話を聞くと、幸の実方(じつかた)は日本橋にある大店の乾物屋で、昨日から実方に帰っていて、母の具合が悪いので二、三日休ませてほしいと言われたと。

「お咲さんだから打ち明けたんですよ。お幸さんが長屋で一番仲のいい人だと言っていたから……でも、お咲さんも知らなかったんですね?」
「身寄りはいないと聞いていました。親兄弟も親類も、みんなもう亡くしたと」
「うちでもそのようにしていたんですがね……昨日の知らせでうちの者にはばれちゃったみたいだけれど、どうか長屋のみんなにはまだ内緒にしといてください。ああでも、大家さんはご存じの筈です。前にそう言っていましたから」
 
(『松葉の想い出 神田職人えにし譚』「お包み抱っこ」P.36より)

本書では、咲の暮らしと仕事が描かれていきます。
隣近所とのやり取りがまったくなくなった、現在の自分の生活ぶりと比較して、江戸の長屋という居住空間に光を当たっているところにおもしろさを覚えます。

お節介で面倒くささや煩わしさがある一方で、住人同士が貧しくできることが限られた中で助け合い、一つのコミュニティ(共同体)として成立しています。

ヒロインの咲も例外ではありません。
男の職人に伍して修業してきたせいか、言葉遣いは悪いですが、面倒見が良くて、思いやりがあります。
仕事ぶりも、工夫を凝らした意匠で、小物を使ってもらう人のことを思いながら、一針一針縫いあげていきます。

第一話の「お包み抱っこ」は、人の心の温かさややさしさに包まれるお話です。

大好きなしろとましろという二人の男の子も登場し、ファンにはうれしいところ。

松葉の想い出 神田職人えにし譚

知野みさき
角川春樹事務所 時代小説文庫
2021年1月18日第1刷発行

装画:水口かよこ
装幀:藤田知子

●目次
第一話 お包み抱っこ
第二話 桔梗の邂逅
第三話 松葉の想い出

本文242ページ

文庫書き下ろし。

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『飛燕の簪 神田職人えにし譚』(知野みさき・時代小説文庫)(第1弾)
『妻紅 神田職人えにし譚』(知野みさき・時代小説文庫)(第2弾)
『松葉の想い出 神田職人えにし譚』(知野みさき・時代小説文庫)(第3弾)

知野みさき|時代小説ガイド
知野みさき|ちのみさき|時代小説・作家 1972年生まれ。ミネソタ大学卒業。現在はバンクーバー在住、銀行の内部監査員を務める。 2012年、『鈴の神さま』でデビュー。同年、『妖国の剣士』で第4回角川春樹小説賞受賞。 ■時代小説SH...