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歴史の底から這い寄る「屍(ゾンビ)」。当代人気作家の競演

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『歴屍物語集成 畏怖』|天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆|中央公論新社

歴屍物語集成 畏怖今の歴史時代小説界を代表する人気作家の、天野純希さん、西條奈加さん、澤田瞳子さん、蝉谷めぐ実さん、矢野隆さんが、歴史の底にうごめく「屍(ゾンビ)」をテーマに書き下ろした短編を収録した、『歴屍物語集成 畏怖(いふ)』(中央公論新社)

歴史の面白さと、それぞれの作家たちの美質が味わえる歴史時代小説アンソロジーです。

元寇、比叡山、大奥……
歴史の底から「屍(ゾンビ)」が這い寄る
日本史の深淵を覗く
驚異の小説集

読む手を止めるな。この国の歴史が塗り変わる

(『歴屍物語集成 畏怖』カバー帯の紹介文より)

東北の鄙びた漁村に東京から偉い学者が訪れて、三十そこそこにしか見えない鄙には稀な垢ぬけた女から話を聞くことに。

「先生は、物の怪だの怪異だのの話を集めていらっしゃるそうですね。でしたら、わたくしに興味を持たれても不思議はございません。この村に、自分が何百年も生きていると言い張る、頭のおかしい女がいる。そんな噂をお聞きになったのでしょう?」
 たおやかな笑みに引き込まれそうになるのを感じながら、私は「ええ、まあ……」と言葉を濁す。それと同時に、うなじのあたりがぞわぞわと粟立つ感覚もあった。
 
(『歴屍物語集成 畏怖』 P.5より)

女は、いくつかの物語を語り始めました。
こんな形で、各話に入ります。

有我(うが)
壱岐の島で、異国の敵と戦う薩摩の御家人の家人・海野三郎は、異国の兵の背中めがけて太刀を振るい、そのまま馬乗りになって、首を獲ろうとしたその時、「てつはう」という敵の武器で意識を失ってしまいました。

そして、目覚めたとき、敵兵から「殭屍(キョンシ)」と呼ばれる人とも幽霊ともつかない生きた屍になっていました……。

スケールが大きく、広がりのある話で、本編を口開けに持ってきた意図は的を射ているように思われます。

死霊の山
延暦寺の僧兵信濃坊は、朋輩の石見坊と土倉を営む寺の取り立てで忙しく飛び回っていました。ある日、情婦の百合から町で狐憑きが暴れ出していると聞き、斬り殺されて、腕がちぎれて足がもげても平気で、全身切り刻まれるまで暴れ続けたという話を聞いても、半信半疑でした。
ところが、坂本の町に狐憑きが現れ、信濃坊が薙刀で首を斬っても、自分の首を探して動き続ける様を見て……。

「とにかく、ここは危ない。逃げるぞ」
「逃げるゆうたって、どこへ……」
「決まってるだろう。叡山だ」

(『歴屍物語集成 畏怖』 P.61より)

ハチャメチャな怪異を鎌倉時代の元寇や信長の比叡山焼き討ちといった史実につなげるストーリー展開が秀逸で、恐ろしくも先を読まずにはいられない気持ちにさせられました。

土筆の指
十一歳の真円は、去年にその山寺に入門したばかりの小坊主です。
夏の盛りのある日、土饅頭から四本の土筆が生えているのを見かけました。
好奇心はあるものの、意気地なしで怖がりで、とくにお化けがいちばん苦手でした。
件の土饅頭は、昨日草むしりを終えたばかりで、その時は土筆など生えていません。土饅頭としては墓地の中では一番新しく、故人が亡くなってまだ半月ほどしか経っていません。
恐る恐る土饅頭に近づいてみると、土筆に見えたものは、四本の指でした……。

怪談話でありながらも、人の営みが描かれていて、ストーリーテラーらしい著者の技が光る一編です。

肉当て京伝
山東京伝のもとに、料理の盛られた丼鉢が二つ運ばれました。片や茶色のたれがかかった甘露煮で、もう一方は米の上に牛蒡や焼麩、椎茸がのった芳飯です。女房のお菊はどちらかを選ぶように尋ねます。そして京伝が選んだ方を早く食べるように促しました。

「残念でございますわ」
 こちらを振り返った顔は、頬がぷくりと膨らんでいた。唇からぷうと空気を吐き出すその腑抜けた音にも、肩が揺れる。
「旦那様が召し上がった芳飯に入れていたのは柏肉。今宵は甘露煮の方に入れておりましたのに」

(『歴屍物語集成 畏怖』 P.143より)

お菊が碗に仕込んだものとは?

京伝の黄表紙『箱入娘面屋人魚』を題材にした可笑しくて哀しい、江戸のロマンティックストーリー。

ねむり猫
将軍徳川家慶の御中臈お波奈の方さまの愛猫・漆丸が庭で倒れていました。部屋子のお須美は、触らないように注意を与えて、局女中の萩尾から火之番役の女中に渡して、そのまま焼かせるように命じました。
漆丸は、お千恵の方さまの腐れ犬と組み合ったところ、噛み疵を受けて「腐れ身」という病に侵されたと。
ところが、お須美は……。

アンソロジーの掉尾を飾るにふさわしい作品。生きる「屍」は恐ろしい、が、本当に怖いものは別にありました。それは、……。

終章で、東京から来た偉い学者の正体も明らかにされます。

5人の作家たちがわいわいと企画案を出し合って、楽しみながら、それぞれが短い物語を執筆し読み合い、この作品集をつくっていったのでは、と勝手に妄想して一人悦に入っています。
山月まりさんの装画と扉絵も、怖さを盛り上げながらもキュートでそそられました。
そして、この本を刊行した出版社の勇気にも敬服しました。

歴屍物語集成 畏怖

天野純希・西條奈加・澤田瞳子・蝉谷めぐ実・矢野隆
中央公論新社
2024年4月25日初版発行

装画・扉絵:山月まり
装幀、目次・扉デザイン:坂野公一(welle design)

●目次
序章
有我――一二八一年、壱岐 矢野隆
死霊の山――一五七一年、近江比叡山 天野純希
土筆の指――江戸時代初期、中部地方 西條奈加
肉当て京伝――一七九三年、江戸銀座 蝉谷めぐ実
ねむり猫――一八二六年、江戸城大奥 澤田瞳子
終章

本文215ページ

全編書き下ろし
序章・終章は天野純希さんによるものです

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