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江戸のワーキングウーマン律の新生活、様々な夫婦の形を描く

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『駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖』

駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖知野みさきさんの文庫書き下ろし時代小説、『駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖』(光文社文庫)を紹介します。

柴田よしきさんの『お勝手のあん』や泉ゆたかさんの『江戸のおんな大工』をはじめとして、江戸で働く女性を描く、お仕事人情小説が注目を集めています。

かつて、北原亞以子さんという、お仕事人情小説の名手がいました。
江戸の働く女性たちの仕事と恋を連作形式で描いた短編集『恋忘れ草』は、印象深い作品の一つです。1993年に第109回直木賞を受賞しています。

現在、この分野で注目される作家の一人が、知野みさきさんです。

本書は、著者の代表作「上絵師 律の似面絵帖」シリーズの第6作になります。
反物や染め物の上に絵を描く職人、上絵師(うわえし)として、仕事に恋に一生懸命に生きる、女職人・律(りつ)を主人公にしています。

涼太と祝言を挙げ、青陽堂の嫁としての新たな生活を迎えた律は、息抜きに出かけた先で、同じく嫁いだばかりの女たちと知り合う。悩みを打ち明け合える知己を得て心強く思う律だった。
一方、池見屋で、律は義母の佐和もよく知る由里という女性に出会う。彼女は何やら心に憂いを抱えている様子なのだが――。一途に生きる女職人の人生を描く人気シリーズ第六弾。

(カバー裏面の説明文より)

読者をやきもきさせてきた律の恋の行方は、紆余曲折を経て幼馴染みで葉茶屋青陽堂の若旦那と涼太と祝言を挙げて大団円となります。

というか、新生活をスタートする本書は、新章突入ともいうべき作品です。
律は新妻となり、青陽堂の嫁をつとめる一方で、上絵師の仕事も続けていきます。

慣れない嫁のつとめの息抜きに出かけた上野寛永寺で、律は同じく昨日祝言を挙げたばかりという旅籠の若女将・伶(りょう)とやはり新妻で左官の女房・すみと出会いました

「昨日?」
「昨日、中秋の名月に合わせて祝言を挙げたの。でもまあ、夫とは昔から知っている仲だから、なんだかまだぴんとこないわ」
「わ、私もです」と、律は思わず勢い込んだ。
「えっ?」
「私も昨日祝言を挙げたばかりで……お、夫とは幼馴染みで……」
「あら、それは奇遇ね」
 伶は手を叩いて喜んだが、涼太を「夫」と呼んだだけで律は頬が熱くなるのを感じた。

(『駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖』P.23より)

初々しい新妻の恥じらいと戸惑い、そして喜びが紙面から伝わってきます。

新生活にあわせたかのように新たな登場人物を迎えて、律の生活も一変していきます。

律は、上絵師に仕事で、池見屋で義母の佐和もよく知る、両国の料亭丹羽野の女将・由里と出会いました。後日、由里の夫・丹秀より百合の花を象った、由里の着物の注文を受けました。

 由里が夫を促すものだから、律は慌てて暇の挨拶を済ませた。
 丹羽野から青陽堂までおよそ半里、目と鼻の先ではないが、道はほぼまっすぐで、日本橋よりやや近い。
 丹羽野は二十年来の客で、佐和や清次郎も随分懐かしがっていた。
 なのに、どうしてこうもめっきり足が遠のいたのかしら――

(『駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖』P.104より)

由里は、かつては佐和や夫の清次郎と親しくしていたが、疎遠となっていました。丹秀が注文した百合の着物にも気乗りがしません。何があったのか、気になる律ですが……。

本書では様々な夫婦の形が描かれていきます。

そして、小さな事件、そして大きな事件が起こります。
本シリーズの魅力の一つは、縦糸が人情お仕事の話とすると、横糸にハラハラドキドキのストーリーが織り込んでいる点にあります。
今回も著者のストーリーテラーぶりに魅了されました。

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駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖

知野みさき
光文社 光文社文庫
2020年6月20日初版第1刷発行
文庫書き下ろし

カバーイラスト:チユキクレア
カバーデザイン:荻窪裕司

●目次
第一章 新妻たち
第二章 護国寺詣で
第三章 兄弟子の災難
第四章 駆ける百合

本文337ページ

■Amazon.co.jp
『駆ける百合 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・光文社文庫)
『お勝手のあん』(柴田よしき・ハルキ文庫)
『江戸のおんな大工』(泉ゆたか・角川書店)
『恋忘れ草』(北原亞以子・文春文庫)

知野みさき|時代小説ガイド
知野みさき|ちのみさき|時代小説・作家 1972年生まれ。ミネソタ大学卒業。 2012年、『鈴の神さま』でデビュー。同年、『妖国の剣士』で第4回角川春樹小説賞受賞。 ■時代小説SHOW 投稿記事 『江戸は浅草』|風変わりな長屋の住人たちが繰...