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北重人さんの時代小説『夏の椿』にゾッコン

ああ、面白い時代小説を読んだ。前から気になっていた新鋭作家の北重人(きたしげと)さんの『夏の椿』が文春文庫で発売された。この作品は『天明、彦十店始末』の原題で、2004年の第十一回松本清張賞の最終候補に残り、その後加筆訂正されて『夏の椿』というタイトルで単行本として刊行されたもの。そのときの受賞作は山本兼一さんの『火天の城』である。

夏の椿 (文春文庫)

夏の椿 (文春文庫)

火天の城 (文春文庫)

火天の城 (文春文庫)

物語は天明六年七月に江戸を襲った大水害で始まる。主人公の立原周之介は、鳥越町の長屋・彦十店に暮らし、神田松枝町の一刀流道場の師範代、刀剣の鑑定と売買の仲介、よろず調べ事・談じ事の3つを生業にした。周之介は、旗本の三男に生まれ、父に厳しく育てられたが、十六、七歳ぐらいから反抗期を迎え、二十一歳のときに刃傷沙汰まで起こし、座敷牢に入れられるまでに荒れていた。大火事で牢を逃げ出して、市井に暮らすようになった。

周之介の長屋に、父がやってきて、周之介の甥(姉の息子)にあたる定次郎が大水災の後、行方がわからなくなり、探して欲しいと依頼した。定次郎は小さい頃、周之介が剣術を教え、周之介によくなつき、何事も周之介のまねをした。長じて家を出て無頼の生活を送るところまでそっくりだった…。

やがて、定次郎が大雨の日に何者かに殺されたことが判明するところから、物語は大きく展開する。

囚われた愛しい人を救いに、敵地に入っていく主人公の姿がかっこよくてシビれる。ミステリー色を残しつつ、エンターテインメント度の高いストーリー展開が見事。クライマックスでの火と水の競演も読者のアドレナリンを高めるのに効果的だ。

しかし、それ以上に素晴らしいのは、江戸の情景描写の端正さと作品にある。前者は、以下のような何気ない描写だが、職人技のように丁寧に綴られているので、情景が目の前に浮かぶ。

 雨はいよいよ繁くなっていた。

 木立や築地を打つ音が、両側から圧しかかってくる。

 風が出て、時折、あおられた梢から雨が滝のように落ちてきた。そのたびに、定次郎の傘が激しく鳴った。

 坂下で、辻番の灯りが滲んで揺れている。それはひどく遠くに見えたかと思うと、番屋の戸口が浮き出るかと思うほど近くに見えたりした。降った雨が坂を流れ下っていく。地面に食い込んだ高下駄の刃先で、土が抉られていくのがわかる。

(『夏の椿』P.7)

 周之介は、稲荷新道の五十鈴屋の二階に居た。

 露地庭に面した、いつもの部屋である。形の佳い楓が枝を広げている。この間は、萌え出た緑がみずみずしかった。いま、楓は露地の空を埋め、窓際から部屋に入り込んできそうだ。傾いた陽射しが、細かな葉の間から漏れている。微かな風で葉は揺れ、畳の上に光の漣が立つ。部屋には久蔵の他、若手の安吉が畏まっている。

(『夏の椿』P.62)

また、その時代特有の時代性を感じさせるのも優れた作品の特長の一つだと思う。この作品も例外ではなく、老中・田沼意次が失脚する前後の政治的に激動する時代の様子が一人の若者の死から浮き彫りにされていく。その筆致の見事さは新人離れしている。

江戸の地面師(不動産業者といったところか)に着目したところが、作者の視点の面白いところかもしれない。これは作者の北さんが、建築・都市環境計画の仕事をし、長年建築や町づくりにかかわってきたことと無縁ではないように思われる。

とにかく素晴らしい作品と作家に出会えて気分が良い。今、男の友達から面白い時代小説はないかと聞かれたら、『夏の椿』を真っ先に挙げたいと思う。

コメント

  1. 初心者 より:

    思いもかけぬすばらしい作家に出会えて驚きました。この方のその後の作品を探して読むことにしました。筋を書いたら怒られそうなのでやめておきますが、クライマックス場面では、著者の職業がいきていると思います。