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占領下日本の政争に利用された、GHQ高官と子爵夫人の恋

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『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』|橘かがり|歴史行路文芸文庫

焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人橘かがり(たちばなかがり)さんの長編小説、『焦土の恋(しょうどのこい) “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』(歴史行路文芸文庫)を紹介します。

本書は、日本歴史時代作家協会が2023年4月より承継した電子書籍レーベル「歴史行路文芸文庫」の移管後第1弾となる、電子書籍(Kindle版)です。

『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』の奥付
↑ 奥付に、日本歴史時代作家協会と藤原緋沙子さんの名前がクレジットされていました。

2011年3月に文庫書き下ろしで祥伝社文庫から刊行されて、その後絶版となっていた作品の電子書籍化となります。
祥伝社文庫版は、占領下の政争に利用されたスキャンダラスな恋を描いた衝撃作でしたが、残念ながら、新刊プロモーションは、日本中を震撼させた東日本大震災の発生(2023年3月11日)直後の混乱に呑み込まれた形となってしまいました。

今回、電子書籍で復刊したことは、ファンの一人として喜ばしいことです。

著者は、2003年に「月のない晩に」で第71回小説現代新人賞を受賞。
著書には『判事の家』、『扼殺 善福寺川スチュワーデス殺人事件の闇』など実在の事件を題材にした昭和史ドキュメントノベルがあり、近著に『女スパイ鄭蘋茹の死』があります。

占領下日本の政争に利用されたスキャンダル!
民主主義を標榜し、財閥解体、平和憲法を推進するGHQ民政局のケーディス大佐。
対立するウイロビー率いる参謀二部(G2)と日本の保守派陣営。

昭和21年1月、子爵夫人鳥尾鶴代はGHQ将校を慰問するパーティに誘われた。
「お国のため是非に」と懇願され列席した鶴代は、運命的な恋に陥る。
相手は、憲法改正や財閥解体を推し進める民政局のケーディス大佐。
だが、民政局と対立する参謀二部と日本の保守派がケーディス失脚を画策する。
恰好の標的とされた美貌の子爵夫人・鶴代の情念を描く戦後史小説の傑作。

GHQ内部ではどのような対立が繰り広げられていたのか?
日本の保守政治家たちは何を画策していたのか?
そして二人はどう立ち向かったのか?
昭和史に鋭い考察を与える著者が、敗戦直後の焦土と化した日本に芽生えた道ならぬ恋と昭和暗黒史に切り込む!

(『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』Kindle版のAmazonの紹介文より)

本書は、平成二十一年(2009)十二月に、鳥尾鶴代のノンフィクションを手掛けた、木村というライターを著者が訪れることから始まります。

昭和二十一年(1946)一月。

子爵夫人鳥尾鶴代は、親友の鍋島しげ子とGHQの将校を慰問するパーティに誘われました。楢橋内閣書記官長夫人などから、「これはお国のためになることです。どうかお力をお貸し下さい」と懇願されて、列席しました。

パーティには、日本側からは、ホストの楢橋夫妻のほか、松本烝治国務相、白洲次郎外相秘書官、福島慎太郎首相秘書官、元神奈川県知事夫人、横浜正金銀行元ニューヨーク支店長夫人、元東京帝大教授夫妻ほか、実業家や華族の令嬢や夫人たちが参加していました。
鶴代は、そこで陸軍大佐のチャールズ・ルイス・ケーディスと出会い、ダンスに誘われました。

 周囲のざわめきが消えた。周りの景色が遠のいて行く。たった二人きりで踊っているようだ。
 この人とはきっと何かが起こる。この人こそ、自分の人生を大きく変えてくれる人ではないのか。鶴代の直感はいつもよく当たる。今度もきっと当たるに違いない。
 ダンスが終わるとケーディスは耳元でささやいた。
「今夜は楽しかった。またお目にかかれると信じていいですね」

(『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』より)

ケーディスの本職は弁護士で、フランクリン・ルーズベルト大統領のもとで、ニューディール政策に関わったことがあり、本国でも実現できなかった本当の民主主義を日本で実現させたいという情熱を持っていました。

鶴代の夫、敬光は戦後に友人三人と自動車の修理工場を立ち上げましたが、経営はうまく行っていません。
穏やかな人柄で趣味が良く、ロマンチックでハンサムでしたが、生きていくバイタリティに欠け、家族を守ることにも消極的で、戦後の混乱期においては無力でした。

鶴代は東銀座の洋装店のマネジャーとして勤めに出るようになり、夫と二人の子供の生活を支えます。食べるために働くことは初めてで、疲れきっていました。夫婦間で束縛しないという約束もあって、夫婦の会話も減り、いつしか夫から心が離れて、ケーディスに惹かれていきます。

 どんな境遇においても、自力で人生を切り開いていける男は魅力的だ。しかもケーディスはすでに地位と名誉も獲得している。こんな男のそばにいられたら、どんなに幸せだろう。それは鶴代の、女としての野心でもあった。ケーディスと出会って、これから新たな旅に出発するのだ。そう思うと、わくわくするような爽快な気分だった。
 
(『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』より)

ケーディスは、鶴代を通じて、天皇制や皇室の制度についての日本人の心情を知り、理解しようと努めました。それはGHQ民生局内で書き上げられた憲法草案に反映されていきます……。

マッカーサーからの信頼が厚いケーディスは理想に燃え、法の下の平等を定める日本国憲法の施行し、華族制度の廃止や農地改革、財閥解体など民主化政策を進めていきます。

急激な民主化に反対する勢力による強烈な巻き返しも描かれ、鶴代はその渦中に……。

GHQが日本に進駐していた時代に、イブニングドレスを颯爽と着こなして凛として美しく、臆することなく自分の考えを主張できる女性がいたことに、うれしく思いました。

物語の後半で、「僕の臨んだ方向とは真逆に向かっている」と無念さをにじませるケーディス。
表向きは新しく生まれ変わったように見える日本の地下水脈に、戦前の古い体質の人たちが潜んでいることに気づき、身震いする鶴代。

 日本の行く末を鶴代は想像してみた。理想を持たないまま、日本はひたすら経済発展を遂げるだろう。そして再び貧富の差が広がり、街には怨嗟の声が渦巻く、そんな空虚な日本で、軍国主義が台頭することはないだろうか。子や孫の代、再び軍靴が響くようになるのが恐ろしい
 
(『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』より)

二人の情熱的な恋を描き、戦後すぐの混乱期を描きながら、今から10年以上も前(2011年当時)に、現在に通じる警告を発していた、著者の洞察力にただ敬服するばかり。
歴史のスリリングな怖さを綿密な取材で掘り起こし、昭和史がもつ、現在につながる同時代的な面白さに気づかせてくれた、おすすめの歴史小説です。

焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人

橘かがり
歴史行路文芸文庫
2023年4月30日初版

デザイン:株式会社ムシカゴグラフィクス

●目次
序章
第一章 訪問者
第二章 奔流
第三章 追憶
第四章 烙印
第五章 憲法施行
第六章 疑獄
第七章 惜別
第八章 名残

底本:『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』(祥伝社文庫、2011年3月刊)

■Amazon.co.jp
『焦土の恋 “GHQの女”と呼ばれた子爵夫人』Kindle版(橘かがり・歴史行路文芸文庫)
『女スパイ鄭蘋茹の死』(橘かがり・徳間文庫)

橘かがり|作品ガイド
橘かがり|たちばなかがり|小説家 東京都出身。早稲田大学第一文学部西洋史学科卒業。 2003年、「月のない晩に」で第71回小説現代新人賞を受賞。 時代小説SHOW 投稿記事 著者のホームページ・SNS →橘かがりの本(Amazonより) ⇒...