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戦国武将の最終兵器、百姓から三十二万石の大名に成り上がり

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『田中家の三十二万石』|岩井三四二|光文社

田中家の三十二万石岩井三四二(いわいみよじ)さんの長編歴史時代小説、『田中家の三十二万石』を入手しました。

戦国時代から江戸初期にかけて活躍した武将で、名前はよく聞くのになぜかその事績がよくわからない人物がいます。というか、ただ単に私がよく知らないだけですが……。

本書の主人公、田中久兵衛吉政もその一人です。

関ヶ原の戦いにおいて、石田三成を捕縛した功により、初代筑後国守として三十二万石を与えられました。
歴史小説や時代劇などで、もっと描かれてもおかしくない功績がある人物ですが、本書を手にするまでその生涯をほとんど知りませんでした。

田中久兵衛吉政、筑後三十二万石の太守となった男。十六の歳に貧しい百姓から地元武将の小者となり、初めての禄は三石。しかし何が何でも出世をめざし、がむしゃらに戦う。運と度胸、さらに冷静さを併せ持ち、時に痛快に、時に歯をくいしばって、ついには大名へと出征していく――。
圧倒的な迫力の戦闘場面と魅力溢れる人物描写。読む者を惹きつけてやまない、著者の円熟の境地をみせる歴史小説の傑作。

(本書カバー裏の内容紹介より)

寛永六年(1629)の秋、老中土井大炊頭に仕える右筆や近習ら家臣数名が、田中筑後守(吉政)の家人だったという宮川新兵衛という老人が語る、筑後守の生涯を聞き取るところから物語は始まります。

「そも筑後守の生まれと申すは近江国浅井郡にて、三川村という在所の久兵衛と名乗る百姓でござった」
 と声を張り上げた。
「百姓? 三十二万石の大名が、もとは百姓と申すか」
 若手のひとりが咎めるように当。
「さよう、五反ほどの田地しかもたず、土にまみれて暮らす百姓でござった」

(『田中家の三十二万石』P.10より)

老人は、筑後守は学問がなくて、大酒飲みでがさつで品のない男。自分は三十二万石もの禄を食んでおきながら、家来にはなかなか禄をくれない吝い男だったとくさして、「あんなしょうもない男が大名になれたのも、戦国というおかしな時代のせいでござろう」と続けました。

老人によるぶっちゃけの主君評を交えて、老人の語る筑後守の生涯の物語が始まります。

十六歳ながら家長として、弟二人と女房と赤子、寝たきりの父とその世話をしている母を養っている、百姓の久兵衛。

領主の宮部善祥坊の中間から、未進の年貢を取り立てられて進退窮まった久兵衛は、狭い田畑を耕して一生侍に年貢を絞りとられる一生から抜け出して、侍になると決心しました。

そして、宮部善祥坊に小者として仕えることになりました。
そこからのがむしゃらに出世をめざす成り上がりのストーリーと戦闘シーンの臨場感が面白く、気がついたら夢中でページを繰っていました。

今、原稿を書きながら思い至ったのは、名前はよく聞くのになぜかその事績がよくわからない人物というと、田中吉政のほかに、中村一氏、堀尾吉晴がいます。
いずれも豊臣秀吉によって取り立てられ、関ヶ原の戦いで東軍に属して戦後に大きな領地を与えられながら、その後、世嗣断絶により改易されています。

田中家の三十二万石

岩井三四二
光文社
2021年2月28日 初版1刷発行

装丁:西村弘美
装画:スカイエマ

目次
寛永六(一六二九)年の秋、江戸の昼下がり
第一章 はじめの三石
第二章 おどろきの七十五石
第三章 千五百石の焦り
第四章 三万石の別れ
第五章 危ういかな五万石
第六章 十万石の賭け
第七章 三十二万石を抱きしめて
寛永六(一六二九)年の秋、江戸の夕暮れ

本文397ページ

初出:「小説宝石」2019年11月号から2020年12月号。刊行にあたり、加筆修正。

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『田中家の三十二万石』(岩井三四二・光文社)

岩井三四二|時代小説ガイド
岩井三四二|いわいみよじ|時代小説・作家 1958年、岐阜県生まれ。 1996年、『一所懸命』で第64回小説現代新人賞を受賞し、デビュー。 1998年、「簒奪者」(『天を食む者 斎藤道三』と改題)で、第5回歴史群像大賞を受賞。 2003年、...