2023年時代小説SHOWベスト10、発表!

長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

鬼平の作った寄場を潰そうとする、奴らを許すな

長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守千野隆司(ちのたかし)さんの文庫書き下ろし時代小説、『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』が小学館文庫を紹介します。

 無宿人たちが店を襲い狼藉を働くという騒ぎが続き、人足寄場を出た戸佐造と又次が、その頭となっていた。さらに二人は、年季を終え寄場を出た者や、寄場で作った品々を町に売りに出ている者を仲間に引き入れようと声を掛けていた。
 一連の事件を受けて、幕閣の中からは人足寄場の廃止を唱える者も出た。平之助は町年寄三名のもとを訪れ寄場の意義を説いた結果、寄場存続を願う嘆願書が出され、廃止はまぬがれた。ただ、無宿者による騒ぎが起こったら、廃止すると言われる。
 しかし、騒ぎは収まる様子がない。さらに調べを進めると、背後に某藩と結んだ商人の思惑が浮上した。新たな騒ぎの動きを掴んだ平之助だったが……。

本書は、無宿人の更生施設、石川島人足寄場の運営に邁進する、北町奉行所人足寄場定掛与力の阿比留平之助(あびるへいのすけ)の活躍を描いた人情時代小説シリーズの第3弾です。

 人足寄場は松平定信の命により、寛政二年(一七九〇)に火盗改めだった長谷川平蔵が加役として務め創設された。無罪の無宿者と入墨者や敲きなどの軽罪を犯してその刑の執行を終えた者を収容した。
 野に放てば、犯罪をなす虞のある者を隔離する施設であると共に、三年を目安に収容して、生活指導や職業訓練を施して、自立支援と再犯防止を目指す更生施設としての役割を担った。開設されて、すでに五年がたつ。
 
(『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』P.8より)

 
本書の読みどころの一つは、伯父・平蔵の志を継いで、無宿人の自立に力を尽くし、人足寄場を運営に情熱を懸けて、立ちはだかる障害物を乗り越えていく平之助にあります。

一年前に妻の彩を病で失い、二歳になる倅平太郎の世話を、母のいく(平蔵の妹という設定)と十七歳になる八つ違いの妹・明乃に任せっきり。後添えを迎える気はまだないが、鉄砲洲稲荷前の一膳飯屋兼茶店のおかみお久邇(くに)に心惹かれています。

「上野山下の一件だけではない。寄場を出た者が、人を傷つけたり、強請やたかりなどをなしたりして、町の者に難儀をかけている。寄場は三年間をかけて、何をなしてきたのか。これでは寄場などなくても同じではないかという話を承った。ご老中の中には、なくしてしまえとおっしゃった方もあるそうな」
 
(『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』P.36より)

寄場を出た無宿者が江戸の盛り場の一つ、上野山下で起こした暴動に起因して、幕閣からは寄場廃止論が出ます。平之助は人足寄場を死守するために、奔走します。

「寄場の経費は、金三百両と米三百俵である。これに石川大隅守の屋敷跡を町の者に貸し付けた地代で賄っておる。寄場がなくなれば、金や米だけでなく、地代までも収入として勘定に組み入れることができる」
「そ、それはそうですが」
 平之助が反論しようとするのを、京極は止めた。
「それだけではない。寄場として使っている土地を貸し出せば、さらに大きな実入りになるという考えだ。借り受けたいと、申し出ている者もあるというぞ」
 これには仰天した。平之助は、すぐに声も出ない。深く息を吸って吐き出し、気持ちを落ち着けさせた。
 
(『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』P.63より)

幕府財政がひっ迫するなかで、授産、更生施設は、新たな財を生まないだけでなく、寄場を出た者が不埒な真似を起こし続けるなら、寄場が本来の役目を果たせない。経費がかかるうえに結果を出せないなら、廃止もやむを得ないという幕閣の考えを、平之助は、伯父を高く買っていた若年寄の京極高久より聞くことになります。

「私どもは寄場にそれなりの金子を出しています。こちらとしては、応分の見返りをいただかなくてはなりません。私や樽屋、そして喜多村も、あの土地がどなたかの儲けの種になってはいけないと考えております。無宿者に授産する更生の場であると同時に、江戸の者たちに安寧を与える場にしていただかなくてはなりません。それでこそ、出した金子が生きてくるというものでございましょう」

(『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』P.199より)

町年寄の一人、奈良屋市右衛門の言葉で、平之助は何があっても寄場を死守しなければならないという思いを深くします。

寄場の危機はさらに続きます。スリリングな展開に物語に引き込まれていきます。

本書の面白さは、人足寄場という特殊な空間を舞台にしたことにもあります。
山本周五郎さんの『さぶ』で、経師屋の職人栄二が無実の罪を着せられ、送られるのが石川島の人足寄場でした。そこは、大きなものを失った者にとって、再生の場所でもあります。

シリーズ第1作『憧憬』、第2作『決意』と順に読むのもおすすめですが、大きな転換を迎える第3作である本書から読み始めても大いに楽しめます。

◎書誌データ
『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』
出版:小学館・小学館文庫
書き下ろし
著者:千野隆司

カバーデザイン:bookwall
カバーイラスト:旭ハジメ
解説:菊池仁

初版第一刷発行:2018年7月11日
600円+税
268ページ

●目次
前章 人足の暴動
第一章 廃止の予告
第二章 町の実力者
第三章 二つの商家
第四章 尽力の賜物
第五章 寄場の明日
解説

■Amazon.co.jp
『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖1 憧憬』(千野隆司・小学館文庫)
『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖2 決意』(千野隆司・小学館文庫)
『長谷川平蔵人足寄場 平之助事件帖3 死守』(千野隆司・小学館文庫)