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浪人たちのクーデター「慶安の変」を描く新視点時代小説

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犬飼六岐(いぬかいろっき)さんの『叛旗は胸にありて』を読んだ。犬飼さんは、2000年「筋違い半介」で第68回小説現代新人賞を受賞し、デビューした、今注目の時代小説家の一人。愛犬の名前がロッキーでその飼い主さんということからペンネームを付けられたという。愛犬のロッキー君を見てみたい。

叛旗は胸にありて

叛旗は胸にありて

http://gendai.net/?m=view&g=book&c=R00&no=2507

物語の主人公は、内神田雉子町の長屋の裏店に暮らす熊谷三郎兵衛。色の浅黒い小柄な男で、らっきょうを逆さにしたような顔の形をして、月代の髪がぼっさりと伸び、細い顎には無精髭がまばら、絵に描いたように尾羽打ち枯らした冴えない中年男で、長屋の住人からは「くまさん」と呼ばれる。その三郎兵衛が同じ長屋に住む浪人の金井半兵衛に声をかけられて、軍学塾「張孔堂」へと誘われる。張孔堂では、丸橋忠弥や吉田初右衛門、廓然、岡村久之助らと引き合わされるが、そこでは浪人救済のための政道改革が話し合われていた。なんの取柄もなく、傘張りで一生を終えるつもりだった三郎兵衛は、あれよあれよという間に、幕府転覆のクーデターに巻き込まれていく…。

 金井の科白ではないが、いまの世の中に浪人ほどみじめなものはなかった。武士として精励すべき役目もなく、食むべき禄もなく、身につけた誇りの捨て場もない。いっそ傘屋の倅に生まれてくればよかったと思いつつ、とうてい訪れそうもない仕官の日まで黙々と糊刷毛を握りつづけるしかないのだ。

(『叛旗は胸にありて』P.21より)

最初はただ気の弱い浪人だった主人公の三郎兵衛が、やがて武士としての誇りを取り戻し、世のために人のために懸命に動く姿は美しく感動的だ。

実はこの作品に出合うまでは、「慶安の変」(由比正雪の乱として知られる)というのはどうも苦手だった。江戸幕府を転覆させるというスケールの大きな事件の割りに、ずさんな詰めで、主要人物たちが江戸、駿府、大坂に分かれてヤマ場になる前に捕縛されたり自害したりして、結末を迎えてしまう。竜頭蛇尾の印象をもっていたからである。読み終えてみると、作者の新解釈によるところも大きいが、浪人が巷にあふれる当時の姿は雇用悪化で失業率が高くなっている現代とよく似ている。そんな中で剣の達人でもない、スーパーヒーローでもはない、等身大のごくふつうの中年男が騒乱の中で成長していく姿に胸が熱くなる。

「慶安の変」を題材にした時代小説といえば、山本周五郎さんの『正雪記』、柴田錬三郎さんの『徳川三国志』、司馬遼太郎さんの『大盗禅師』など、巨匠たちの作品が思い浮かぶが、最近は取り上げられることが少なかったように思われる。舞台が江戸時代前期で、当時の時代(風俗や生活)描写が難しいことが考えられる。その意味からもチャレンジングな作品であり、浪人問題に直面したあの時代を理解するうえでも押さえておきたい作品のひとつである。

正雪記 上巻 (新潮文庫 や 2-66)

徳川三国志 (文春文庫)

徳川三国志 (文春文庫)

大盗禅師 (文春文庫)

大盗禅師 (文春文庫)

これも知らなかったことだが、熊谷三郎兵衛(くまがいさぶろうべい)は実在の人物で、慶安の変では脇役的なキャラクターで、彼を祀った「熊谷神社」というのが山形県にあるそうだ。

http://www.pacs.co.jp/pacs/hist_walk/walk_yamagata01/syounai_kumagai_jinjya.htm

犬飼さんの作品では、以前に『軍配者天門院』を読んだが、その後、気になりながらも読んでいなかった。そのせいもあり、なんとなく戦国ものを書いているイメージをもっていたが、調べてみると、『筋違い半介』をはじめとして江戸時代を舞台にした時代小説をいくつか書かれていた。これを機会に、ほかの作品も読んでみたいと思った。

筋違い半介 (講談社文庫)

筋違い半介 (講談社文庫)