ふるほん文庫やさんの奇跡

ふるほん文庫やさんの奇跡学生の頃は、お金がなかったので、読むのは文庫ばかりだったが、最近、ぼくは、さほど熱心な文庫ファンではない。面白そうなたたずまいのある時代小説を前にすると、すっかり抑えが利かなくなってしまっているのだ。といっても、本体価格が1,400円以上の本が相手の場合、売り場でしばしの葛藤があるのだが…。近い将来、自分は果たして、この本を必要とするか? また、版元(出版社)は、この本を文庫にしてくれるだろうか? “文庫落ち”って呼ぶ人もいるようだが、この言葉は文庫に対して失礼な感じがする。

しかし、文庫化によりダウンサイジングし、求めやすくなり携帯性が高まり、ありがたい反面、単価が安くなるために、大量に流通しつづけなければならない宿命をもってしまう。そのために文庫の在庫サイクルが非常に短くなっている。売行きの鈍いものは、書店の棚から放逐され、版元側でも不良在庫を嫌い、品切れ(在庫をゼロにすること)、絶版(増刷をしない旨を公言すること)扱いにされてしまう。版元、取次店(トーハンや日販のような本の問屋さん)、大型書店のコンピューター導入により、その在庫管理はますますシビアになっている。講談社文庫や新潮文庫の書店の品揃えを定点観測していると、何となく雰囲気がつかめると思う。

今や、文庫本は雑誌のようなサイクルで、出版されては消費されて消えていく。ごく一部の人気作家(さしずめ赤川次郎さんや宮部みゆきさんか)を除いては、すべての作品を在庫でそろえておく店は少ない。刊行されたとき、気になったら買ってしまうしかないような状況だ。しかも、一時期、人気作家としてもてはやされても安泰ではない。小学校の頃に、書店のコーナーを席巻し、妙な名前が気になっていた源氏鶏太さんの本はもう見かけない。角川文庫から50点以上、文庫本を出して、学生の頃、初めてはまった都筑道夫さんの本も、今では光文社文庫からちらほら出ているぐらいだ。5年前まで、ありふれていた本がいつの間にか消えてしまうこともある。

ある文庫本と同じ時代を過ごしながら、そのときは関心がなくて読まずに、その後、何かのきっかけで関心をもったときには、その本はもう流通していないときの悔しさといったらない。こないだまで、この辺の棚にあったのに…。こんなときに出会ったのが、《ふるほん文庫やさん》だった。文庫本の古本というと、古本屋さんの店先にボックスに入って、1冊100円で売られているイメージが強い。こんな本だれが売ったんだろうというような本が並んでるやつだ。しかし、インターネットで知った《ふるほん文庫やさん》は、そのマイナスのイメージを払拭してくれた。

古本なので、古いのは確かなのだが、意外にきれいなのだ。しかも、通販で送られてくる文庫本は、ボール紙で折れたりしないように、梱包されて送られてくる。本を包装するチラシの端紙に何とも言えない愛情を感じてしまう。メジャーな作品ばかりでなく、澤田ふじ子さんや皆川博子さんの昔の作品といった少し偏った注文にも対応してくれるのがうれしい。《ふるほん文庫やさん》は、とても忙しいようで、ちょっと、時間がかかってしまうが、気を長く持って心待ちにしている。

前置きがしっかり長くなってしまったが、そんな《ふるほん文庫やさん》の会長の谷口雅男さんが本を出した。『ふるほん文庫やさんの奇跡』(ダイヤモンド社)がそのタイトルだ。例によって、オンラインで注文を入れる。5日ほどで、会長のサイン入りの本が送られてきた。《ふるほん文庫やさん》の店内(北九州に実際にお店があるらしい)の完全イラストが表紙に描かれている。カバー帯の文字が凄い。「地獄の底で文庫に出会った! 誰もが無謀と言った文庫古本業をゼロから立ち上げ、独創的な営業アイデア連発で、世界最大・40万冊のビジネスに。元・化粧品セールス日本一の凄腕、今や文庫の鬼が、壮絶な生き方を全てさらけ出した半生記。」 ウーム、これはもう読むしかない。

《ふるほん文庫やさん》の会長の怒涛のドキュメントが250ページ以上(しかも2段組)にわたって、ものすごいスピード感溢れて展開されていく。闘病中に文庫本と出会い、1日1冊のペースで読破し、「よし、文庫専門古書店をやる!!」と決意し、パチンコ屋の店員として、1日240円の食費で7年半の開業準備。寮を侵食する文庫本の山々。そして開店、多くの協力者たちとの出会い…。

読み始めたのが、大晦日だった。アムロちゃんの歌声も、除夜の鐘も遠くに聞いていた。途中何度か涙がこぼれた。時代小説とサッカー以外で最近、こんなに感動したことはなかったのだが…。そして読み終わったのが新しい年だった。

ふるほん文庫やさんの奇跡
(株)ふるほん文庫やさん会長
谷口雅男
ダイヤモンド社
1,600円+税

平成を駆け抜ける人
評論家・紀田順一郎(カバー帯より) 

 

このスペースは、時代小説に関するサイトですが、新しい年の、新しいスタートに素敵な本と出会った喜びを皆さんに伝えたくて、例外的に紹介させていただきました。

1999/01/01

■ふるほん文庫やさん:http://www.bunkoyasan.com/

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