『ふとしたことで切腹屋』
『死に急ぎ 手遅れ清州 藪医者日誌(二)』
光文社文庫の2025年9月の新刊をご紹介いたします。
今月は、岩井三四二(いわい・みよじ)さんの時代小説『ふとしたことで切腹屋』(『切腹屋』を改題)の文庫化作品に加え、藤井邦夫(ふじい・くにお)さんによる新シリーズ第二弾『死に急ぎ 手遅れ清州 藪医者日誌(二)』が刊行されました。
『ふとしたことで切腹屋』
カバーイラスト:亀川秀樹
カバーデザイン:大岡喜直(next door design)
ここに注目!
本書は、江戸の公事師(民事訴訟専門の弁護士のような存在)を主人公に描く時代小説です。
駆け出しの公事師・辰次は、信濃国山手村から江戸にやってきた三人の百姓と出会います。たやすい裁きだと高をくくり、通常の倍の礼金を要求したうえに「負けたら腹を切る」と大見得を切り、引き受け証文まで渡してしまいます。ところが詳細を聞くほどに、勝ち目のない不利な公事であることが判明。依頼を取り消すこともできず、絶体絶命の立場に追い込まれます。
辰次は神田明神下の百姓宿の一人息子でしたが、七歳の時に父が詐欺で借金を抱え自害し、母も病で亡くなり天涯孤独の身となりました。十五歳から十年、馬喰町の公事宿に奉公した後、ある事情で店を追われ、写本の仕事をしながら公事師を始めたばかりです。
公事の争いは、養蚕が盛んな山手村が開いた新市をめぐり、近隣の坂田町が「市場をやめろ」と評定所に訴え出たことに端を発します。辰次は不利な状況の中で、いかに裁きを進めるのでしょうか。坂田町には凄腕の公事師も控えています。
江戸の裁判手続きや村の経済の仕組みが巧みに描かれ、読者は公事の世界に浸りながら、辰次の過去や矜持、三人の百姓衆の思いも味わえます。ペーソスを帯びた人間ドラマとしても楽しめる一冊です。
あらすじ
駆け出しの公事師・辰次は、信濃国山手村の伊左衛門、三平、善六の三人に対し、軽率にも「負けたら腹を切る」と大見得を切り、大金三十両の仕事を引き受けてしまいます。ところが公事は圧倒的に不利で、相手方には凄腕の公事師・唐物屋がついていました。このままでは勝ち目がない辰次は、あの手この手で策を講じますが……。
(カバー裏の説明文より抜粋・編集)
目次
第一章 市神さまの前で腹を切る
第二章 市場の助徳
第三章 唐物屋の挨拶
第四章 猫ばあさんの爪
第五章 槍玉にあげられる
第六章 間諜は誰だ
第七章 風雲ふくべ長屋
第八章 辰次の逆襲
解説 細谷正充
2025年9月20日 初版1刷発行
本文287ページ
『切腹屋』(光文社、2022年9月刊)を改題のうえ文庫化
今回取り上げた本

『死に急ぎ 手遅れ清州 藪医者日誌(二)』
カバーデザイン:Fieldwork(田中和枝)
カバーイラスト:西のぼる
ここに注目!
往診帰りの清州は、神田八つ小路で起きた地廻りと浪人の争いに巻き込まれた老百姓を助けます。肋骨を折っていたため手当を続けました。一方、浪人の一人も刺されて重傷でしたが、地廻りの者から「先に診ろ」と迫られても「順番だ」と退け、「手遅れだ」と見放しました。
清州は倒れている髭面の浪人を一瞥しました。
「うむ。死んでいる。手遅れだ……」
八兵衛は浪人を見つめて告げました。
「手遅れですか……」
清州は苦笑しました。(『死に急ぎ 手遅れ清州 藪医者日誌(二)』P.13より)
清州は、善良な者を優先し、迷惑をかける者は後回しにする医師です。その姿勢は北町奉行所の同心・仏田八兵衛や岡っ引の弥七と共鳴し、悪を退ける力となります。
表題作では、易者の天命堂京庵が登場します。自らを死病と占い、医師を信じない京庵を救えるのか。清州は唐渡りの拳法を使い、悪を懲らしめる一方で、弱き者を助ける人情派医師として描かれます。剣を抜かぬヒーロー像が光る、痛快シリーズ第2弾です。
あらすじ
「手遅れ清州」と呼ばれる蘭方医・半井清州は、通りで苦しむ男と出会います。男は易者で、自らを死病と占って余命短しと覚悟していました。しかし清州の診断では異常は見られません。はたして易者の病の正体は……。弱きを助け、悪に立ち向かう人情派医師の奮闘を描く、泣けて爽快なシリーズ第二弾です。
(カバー裏の説明文より抜粋・編集)
目次
第一話 死に急ぎ
第二話 二人の用心棒
第三話 手遅れ親父
第四話 夢心地
2025年9月20日 初版1刷発行
本文312ページ
文庫書き下ろし
今回取り上げた本
