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室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君

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南朝の姫宮、父帝への想いを胸に京で大冒険

室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君集英社文庫から刊行された、阿部暁子(あべあきこ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』を紹介します。

著者の阿部さんは、「鎌倉香房メモリーズ」など青春ものやライトノベル作品『室町少年草子 獅子と暗躍の皇子』で活躍されている作家で、本書が一般向けの時代小説デビュー作となります。

南北朝の時代、南朝の帝の妹宮・透子は、北朝に寝返った武士・楠木正儀を連れ戻すべく、乳母と二人きり、吉野から京へと乗り込む。京についたとたん人買いにさらわれてしまった二人を救ってくれたのは、猿楽師の美少年・世阿弥と、透子たちの宿敵である足利義満で……。

主人公は、南朝の祖後醍醐院の孫で、先帝村上帝の末子、椿の宮こと透子。十三歳の透子は、表紙のイラストレーションのように髪を切り、男装に変えて、乳母の唐乃と二人きりで、吉野の行宮を抜け出します。

南朝で随一の忠臣でありながら、村上帝の没後、北朝に寝返った楠木正儀を連れ戻すために、京にやってきた透子と唐乃は、人買いに騙されてさらわれてしまいます。

絶体絶命の危機を救ったのは、美少女と見紛うばかりの猿楽師・鬼夜叉こと、世阿弥と青年将軍の足利義満でした。

「それにしてもおまえ、その恰好をさせて放り出せば百発百中で怪しい輩が寄ってくるとは驚異の才だな。そういうやつらが好む匂いでも出しているのか」
「そのようなものは出しておりません。……あの、そろそろおやめになってはいかがでしょうか、このような危険なことは」
「阿呆、俺が危険を恐れるような肝の小さい男だと思うのか」
「いえ、今申し上げた危険というのは、つまりわたしが危険だという意味なのですが。盗賊の巣に潜入したり、人買いに刃を突き付けられたり、ここふた月で一生分くらいの命の危険を感じているのですが」
「京の平和のためだ。耐えろ」
 
(『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』P.28より)

鬼夜叉(世阿弥)とその芸の庇護者である義満の、気の置けないやり取りから主従を越えた関係が垣間見れて楽しいです。

透子が北朝の姫宮であることを知った足利義満は、北朝との融和のための人質にしようとしますが、鬼夜叉の父・観阿弥清次の機転で、屋敷に引き取られることになります。

「先日、三条坊門の御所へ上がりました折に小耳にはさみましたが、御台所様は名家の姫でおられるだけにまことに誇り高く、加えて少々やきもち焼きでおいであそばして、武家光源氏の異名をとる上様もご苦労なさっておいでとか」
「……何が言いたい」
「椿丸殿のような年若い姫を上様がつれ帰られたら、御台所様はいかが思召しますでしょうか。葵上を祟り殺した六条御息所しかり、頼朝公の愛妾をことごとく追い払った北条政子しかり、女人の悋気はとうてい男に太刀打ちできるものではございません。ましてやこの椿丸殿の気性を見れば御所で黙って囚われるはずもなく、もし御台所様が子細をお知りになったら、上様がいかなる目に遭われるか……」
「もういいッ!」
 
(『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』P.63より)

観阿弥邸で透子は正儀と会うことが叶います。しかし、正儀は「吉野に戻る気はない、主君は足利義満公」ときっぱりと断ります。

「一刻も早く吉野へお帰りいただけるよう、何とかいたします。それまでは不自由もおありでしょうが、こちらでお待ちください。そしてもう二度と、このような無茶なお振る舞いはなさらぬよう、戦のことなどに、あなたが関わってはなりません」
 正儀の言葉の一瞬後、体の奥底から苛烈なものがこみ上げた。義満の不遜な態度に腹が立った時の感覚にも似ていたが、あの時よりもずっと強かった。
「関わるなと言うのは、わたしが女だから?」

(『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』P.96より)

村上帝の娘として生を享け、自らが属する南朝のために力を尽くしたいと願いながらも、「女がでしゃばるな、御簾の内でしとやかにしていろ」と異母兄の現帝に言われている透子。その強い思いを正儀にぶつけます。
しかし、それでも正儀を変えることはできません。

一方、透子が出奔した南朝では、後醍醐院の皇子で永らく東国にいた高齢の宗良親王が吉野行宮に入ったという動きが……。

「別にわたしたちを軽んじるのはあなただけでじゃない。世間の大抵の人は、流れの猿楽者と聞けば卑しいやつらと嘲る。わたしも石を投げられたことがあるし、心が破けるような言葉を聞いたこともある。だけど父は、そんな蔑みをおのれの芸ひとつで跳ねのけて、そうするまでに血を吐くような努力をしてきた。父だけじゃない、観世座のみんなもだ。そして、上様がわたしたちを見出してくださった。みんなで歯を食いしばって、今やっとここまで来たんだ」

(『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』P.130)

透子は、観阿弥に、正儀を説得するために力を貸してほしいと頼みますが、鬼夜叉によって断られます。そのうえで、透子は、世間知らずで自分本位な言動を厳しく指摘されます。

「わたしは周りにいた者たちから、北朝とは偽帝を戴く偽朝であり、朝廷を割った足利は滅ぼさねばならない仇敵だと聞いて育った。けれど、ずっとわからなかったの。足利が敵だというなら、なぜお父様はその敵と手を結ぼうとされたのか」
 わからない、というところで今までは止まっていた。けれど今は強く思う。
 知りたい。父の想いを、自分が知らずに見過ごしてきたあまたのことを。

(『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』P.150)

そして、透子は、義満にとんでもないことを頼みます……。
姫宮・透子の冒険は止まりません。

南朝と北朝の争いに加えて、足利幕府内でも権力争いがあり、ストーリーは目まぐるしく展開していきます。その渦中に徒手空拳、無力な姫宮が飛び込んでいきます。ページを繰る指にもつい力が入り、ハラハラドキドキが止まりません。

表紙カバーのイラストレーションから、奇想天外なストーリー展開、今どきの会話にすっと引き込まれますが、史実などディテールはしっかりと押さえられていて、南北朝時代に触れるには最適な時代小説です。

◎書誌データ
『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』
出版:集英社・集英社文庫
著者:阿部暁子

カバーデザイン:高柳雅人
イラストレーション:たえ

第1刷:2018年1月25日
660円+税
351ページ

文庫書き下ろし

●目次
第一章 出奔
第二章 楠木の謀叛人
第三章 かの人の願い
第四章 暗闘
第五章 宝珠守りの老親王
解説 末國善己

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『室町繚乱 義満と世阿弥と吉野の姫君』(阿部暁子・集英社文庫)