「菩薩」と崇められる火消の光と影を描く

菩薩花 羽州ぼろ鳶組今村翔吾さんの文庫書き下ろし時代小説、『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』を紹介します。

方角火消桜田組をつとめる新庄藩の火消組頭取・松永源吾が活躍する、大人気の「羽州ぼろ鳶組」シリーズの第5作です。

方角火消とは、大名火消の一種で、担当区域に火事が発生すると駆けつけて消火に当たることとなっていました。担当区域は、享保元年(1716年)以降は大手組・桜田組の2組(4名ずつ計8大名)で編成され、主に江戸城の延焼防止を目的として活動し、江戸城内の火事以外では老中の指示を受けてから出動したそうです。

番付のためか――。火消番付への関心は高く、お家の評判にも繋がる。その噂が人々の口に上りだす頃、ぼろ鳶組松永源吾は、無謀にも他の火消から手柄を奪おうと闘う仁正寺藩火消柊与市の姿を目にする。
そんな折、火消による付け火を疑う読売書きが姿を消し……。真相を追う源吾らの前に現れたのは、火難の遺児を救い育て「菩薩」と崇められる定火消進藤内記だった。

安永二年(1773)葉月(八月)の終わり。一万八千石の仁正寺(にしょうじ)藩火消頭をつとめる柊与市(ひいらぎよいち)は、家老から、火消番付で三役に入らなければ、鳶の大幅削減を求められます。

小大名ながら仁正寺藩は、通常の三倍の鳶を抱え、火消の勇名によって、これまで藩の知名度を上げてきました。与市の祖父・柊古仙が関脇に名を連ねたのを最後に三役入りはありませんでした。前頭三枚目の与市は、年明けの番付で、三役入りを家老に誓います。

「火消を守るためには、仁正寺藩火消の精強さを知らしめねばならねえ……」
 噛んで含めるように一人ずつを見る。
「どうするので……?」
 一人が恐る恐る尋ねる。与市はふうと天に向けて息を吐く。そしてゆっくりと視線を降ろし短く言い放った。
「三役を獲る。大物喰いだ」
 全員が示し合わせたように力強く頷いた。
 
(『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』P.12より)

本書には、安永二年版の火消番付が挟み込まれていました。
本書の内容と連動した、とてもよい企画だと思います。
安永二年版の火消番付
その番付によると、三役に名を連ねているのは、
加賀の八咫烏、馬喰町の九紋龍、八重洲河岸の菩薩、新庄の火喰鳥といった、
その道のみならず、江戸で知らぬ者のいない火消の猛者ばかりです。

文五郎は火事専門の読売書き。いかなる火事場にも顔を出し、克明にその詳細を読売に載せます。府下の有名読売書きが一堂に会し、年始には様々な見立番付が決められます。その中の一つ、火消番付に最も影響を与えます。

その文五郎は、府内の各地に構える塒(ねぐら)の一つに滞在していたとき、すぐそばの四谷塩町で偶々起こった火事に遭遇しました。火消より早い一番乗りで火消を待ち構えました。

そして、一番乗りをした火消は、意外な火消でした。
実力があって、見事に統制が取れていて火元の特定も的確。竜吐水の装備も大充実。

しかし、年に二百以上の火事場を見てきており、そこらの火消に負けないほどの火事に関する知識を持っていると自負する文五郎は、不審を覚えます。ある仮説が頭をよぎり、火消の頭に、直接疑念をぶつけることにしました……。

火事場から姿を消した読売書きの文五郎の行方を、源吾らぼろ鳶組が追います。
ミステリータッチの展開に、追い詰められて「大物喰い」を狙う、仁正寺藩火消の躍動が絡み、物語は展開していきます。

「これは?」
「頂いたのです」
「へえ……何か気味悪い花だな」
 花弁は五枚、椿を凌ぐほど赤く、雄蕊(おしべ)にそら豆のような葯(やく)がついている。八重洲河岸定火消のことばかりを考えていたからか、その赤さが紅を引いたような内記の唇を彷彿させた。
「酷い仰りよう。可哀そうな花なのに」
「可哀そう?」
 
(『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』P.221より)

深雪を送り届けた駕籠舁きが富くじに当たったことから、新庄藩火消頭松永某のお内儀を送り届ければ、幸運に恵まれるという噂が仲間内で流れ、「火消菩薩」と呼ばれていました。

深雪が、知り合いの絵師曙山に「火消菩薩」の話をすると、曙山は絵の題材にし、描き終えた菩薩花を譲り受けました。温かい気候でしか育たないという菩薩花は、江戸で越冬することは極めて難しいということから、深雪は故郷から連れてこられて死ぬのを待つだけ花を可哀そうと思いう、育てようと誓います。

ちなみに菩薩花は、仏桑華(ぶっそうげ)とも呼ばれますが、ハイビスカスの名の方がなじみ深いですね。

本書では、身重な深雪が出産するまでも描かれていきます。妻から次第に母の顔になっていきます。それに遅れてぎこちないながらも、次第に父親になっていく源吾も微笑ましく、読了感が心地よいです。

本シリーズの魅力は、何といっても、臨場感豊かに描かれる火事場のシーン。
命がけで猛火に立ち向かう、鳶たちの組織的な消火と、花形火消が見せる個人プレーの見事さが織り交ぜて描かれていて、読み手の方にも火事場の熱と興奮が伝導してきます。

男たちが国と個人の名誉を懸けて、仲間たちと力を合わせ、技を競い、戦いに勝つことを目指す、ワールドカップのサッカーに通じるような面白さがあります。
(プラスで火消のほうは人命を助けるという大きな目的がありますが……)

◎書誌データ
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』
著者:今村翔吾
祥伝社・祥伝社文庫
初版第1刷:2018年5月20日
ISBN978-4-396-34423-8
本体740円+税

カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:北村さゆり
426ページ

●目次
第一章 番付火消
第二章 ころころ餅
第三章 菩薩二人
第四章 鬼は内
第五章 悪役推参
第六章 嗤いを凪ぐ者
第七章 父へ翅く
終章
解説・末國善己

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『火喰鳥 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫)第1作
『菩薩花 羽州ぼろ鳶組』(今村翔吾・祥伝社文庫)

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