初めての助産師体験。おいち、女のための医者を目指す


おいち不思議がたり 火花散るあさのあつこさんの『おいち不思議がたり 火花散る』(PHP研究所)は、不思議な能力をもつ娘おいちが活躍する、青春「時代」ミステリーの第4弾です。

おいちには、この世に伝えたいことがあるのに誰も気が付いてくれない、気づいてもらえない、そんな亡くなった人たちの声が聞こえたり、姿が見えたりする、不思議な能力が備わっています。

父に憧れて医者を目指して修業中のおいちは、その力を使って、謎解きをしたり、相手の苦しみを取ったりします。

この世に思いを残した人の姿が見えるという不思議な能力を持つ娘おいちは、父のような医者になることを夢見て、菖蒲長屋で修業を積んでいた。
そんなある日、おいちの前に現れた女が、赤子を産み落としてすぐ姿を消し、殺される。女は一体、どんな事情を抱えていたのか。そして母を亡くした赤子の運命は?
殺された女の、聞こえるはずのない叫びを聞いたおいちは、思わぬ事態に巻き込まれていく。

一方、おいちの父のもとには、老舗の薪炭屋の主人と内儀が訪ねてきていた。母・おきくの病を治してほしいという。店を訪ねたおいちは、鬼女の顔を宿したおきくの心の闇を感じ取る……。


おいちは、病で床に着いた老舗薪炭屋の隠居おきくを父の代わりに往診します。
おきくは、長く大店のお内儀を務めてきた品性が感じられる、物静かな老女です。
ところが、おいちの不思議な力は、品の良い穏やかな老女の面のその上に、若い鬼女の形相が重なるのを見せました。

その帰り、おいちは路地の暗がりの中で陣痛が始まった女を助けます。

往診に同行をする新吉の助けを借りて、女を菖蒲長屋へ連れ帰ります。
取り上げ婆のお重さんが呼べず、父も当てにできない状況から、子どもを産んだ経験がないおいちですが、長屋に住む子だくさんの女房お蔦らの手を借りて、赤子の取り上げ(助産)に挑みます。

「お蔦さん、もしかしたら、福助ちゃんのときと同じかもしれない」
「臍の緒が絡み付いてるってかい」
 臍帯巻絡。
 臍の緒が長過ぎたり、胎児が活発に動き過ぎると臍の緒が胎児の身体のどこかに絡まり、お産の妨げになることがある。
 福助がそうだった。
 臍の緒が巻き付いて動けなくなり、お産がひどく長引いたのだ。
 あのとき、お重婆さんはどうしていた? 落ち着いて、おいち、落ち着くんだ。おまえが慌てちゃ駄目だ。思い出して、思い出して。
 自分に言い聞かせる。
「お蔦さん、今度、息みがきたらお腹を押してみて」
「わかった。頭だけでも出さなくちゃね」

(『おいち不思議がたり 火花散る』P.48より)


おいちのはじめての取り上げ(助産)シーンにハラハラドキドキします。

おいちの活躍があって、女・滝代が産んだ赤子は、十助(とすけ)と名付けられます。
ところが、命懸け子を産み衰弱が著しいはずの滝代だったが、赤子を残して長屋から姿を消してしまいます。

「滝代さん、どうして……」おいちは滝代が十助を置き去りにしたことを信じられず、激しく動揺し、苦悩します。

「おいち」
 松庵がおいちの膝を叩いた。
「おれたちはな、一人で生きてんじゃない。というか。おれたちみたいな貧乏人がこのお江戸で生きていこうと思ったら、一人じゃとうてい無理だ。他人と関わり、助けて助けられてしか生きる道はない。おまえだって、よくわかっているだろう」
「ええ……わかってるけど」
 おいちたちは雑魚だ。弱い小魚だ。だから群れを作る。弱い力を出し合って、知恵を出し合って、身を寄せる。そして、この世を生き抜いていく。
 物心ついてから、ずっと裏長屋で暮らしてきた。ときに他人が家族よりずっと頼りにも支えにもなると、知っている。

(『おいち不思議がたり 火花散る』P.82より)


この物語シリーズは、裏長屋を舞台にして物語が展開していきます。登場人物たちが貧しい生活ぶりながらも、助け合いながら生活を送っています。

「子どもは守らねばならん。大人が命懸けで守ってやらねば、子どもは生き延びられん。父も母もいない十助は、生まれてすぐ守り手を失ったことになる。しかも、おれたちには今のところ窺い知れない。数奇な運命を背負っているようだ」

(『おいち不思議がたり 火花散る』P.174より)


滝代は何者なのか? 十助の父親は誰なのか? どういう経緯で江戸にやってきたのか? 何一つ明らかになっていない中、腕利きの岡っ引、仙五朗親分の力を借りて、おいちは深まる謎に挑みます。

サスペンスタッチの捕物小説の要素を織り込みながらも、全体を通して、じんわりとした人情の温かみが感じられ、読後感がよいです。

赤子を取り上げ医者としての一歩を進めた、おいちの成長ぶりからも目が離せません。


◎書誌データ
『おいち不思議がたり 火花散る』
出版:PHP研究所
著者:あさのあつこ

装丁:こやまたかこ+川上成夫
装画:丹地陽子

第1版第1刷:2018年6月29日
1,700円+税
299ページ
ISBN978-4-569-84061-0

●目次
母と子
赤子、泣く
小さな手
夢の女
白い火花
遠い煌めき
想いの花
見知らぬ人
風に揺られて
やがて、朝が


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『火花散る おいち不思議がたり』(PHP研究所)


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