吉原一の花魁は尾張徳川家のご落胤で、剣の遣い手

おいらん若君 徳川竜之進 天命双葉文庫より刊行された、鳴神響一(なるかみきょういち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『おいらん若君 徳川竜之進 天命』を紹介します。

鳴神さんは、2014年に『私が愛したサムライの娘』でデビュー以来、史実を巧みに取り込みながらも、奇想天外で独創的なストーリーとミステリー志向の作品で、時代小説に新風を吹き込んでいます。今、気になる作家の一人です。

桜吹雪の吉原仲之町を道中する、世にも美しい花魁篝火。滅多に姿を拝めぬばかりか、決して客と同衾しない伝説の花魁に、今日も男たちは身悶えするばかり。
だが、篝火にはとんでもない秘密があった。その正体は、若鮎の如き美丈夫――しかも故あって幼少時より吉原に匿われた尾張家のご落胤、徳川竜之進だったのだ。


主人公の徳川竜之進は、尾張徳川家七代当主徳川宗春のただ一人の男子(二人の男子は早世している)という設定。
宗春は、八代将軍吉宗の忌避に触れ、元文四年(1739)に当主の座を奪われて蟄居の身となり、宝暦四年(1754)に下屋敷で暮らすことを許されました。

物語はその二年後、生まれたばかりの竜之進とその母志乃が御土居下の忍びに襲われるところから始まります。志乃は殺されるが、竜之進は侍女の美咲によって無事救い出された。美咲も同じ御土居下衆の忍びだったが、尾張藩附家老成瀬家の家臣でもありました。

救い出された竜之進は、名古屋城下に匿える場所がないことから、美咲と成瀬家の甲賀忍び四人とともに、江戸へ下ることになります。

それから十七年が経過し、安永二年(1773)三月。
田沼主殿頭意次が老中となり、幕政改革を手がける、田沼時代の始まりのころ。
新吉原遊廓では、花魁道中が始まっていました。

 華やかで彫りの深いあざやかな顔立ちは、翡翠の如く凄みを帯びて輝く。
 かたく引き結ばれ、艶やかに彩られた朱唇が開く刹那を、男たちは切に望む。
 秀でた額で愁いを含んだ柳眉がかすかに動くさまを、客たちは争って眺める。
 虎豹にも似た尋常ならざる眼光を、まともに受ける僥倖に恵まれた者たちは、誰しも雷に打たれたように震え続ける。
 奈良は興福寺の天龍八部衆の阿修羅にたとえた粋人がいる。
 いやいや薬師寺東院堂におわす聖観世音菩薩の化身だろうと評する物知りもいた。
 天龍や菩薩を思わせるのは、篝火が放つ近寄りがたく冒されざる気品のためか。

(『おいらん若君 徳川竜之進 天命』P.24より)


新吉原随一の花魁の艶姿を見せる篝火ですが、女忍びの美咲が命がけで救い出した赤子の姿でした。乳飲み子の竜之進を連れ、名古屋から逃れた江戸で、成瀬家が用意した落ちのび先は新吉原でした。

美咲は、格調高い妓楼・初音楼の女将となり、竜之進が八歳になると花魁の修業をさせ、一流の花魁い必要なひととおりの芸事を仕込み、この正月に篝火という源氏名で花魁として売り出したのです。

花魁として人前で目立たせることで、誰もが篝火を男と思うはずがなく、美咲は逆手を使って、竜之進を御土居下衆をはじめとする衆目から隠したのです。

「若さまの身は、いまでもじゅうぶんに危ういのです。この遊廓でさえ、どこに御土居下の目が光っているかわからないのですよ」
 美咲がこうして叱言を言い続けるのも毎日の光景だった。
「わかりましたよ、かあさん」
 竜之進は、座敷で発する裏声を作って、わざとらしく美咲に答えた。
「したが、予の身にもなってみよ。十八を数えるのに、かような格好をさせられて、どれほど我慢に我慢を重ねているか」
「すべては若さまの身をお護りするためです。辛抱なさいまし」

(『おいらん若君 徳川竜之進 天命』P.41より)


母親代わりに竜之進を育ててきた美咲は、その身を案じるあまり叱言ばかりの毎日ですが、健康な青年に育ちつつある竜之進にしてみれば、花魁の衣装も化粧も、そしてその暮らしも耐えがたいもので、裏声の発声や女らしい所作にもうんざりでした。

竜之進が客と同衾できるはずがなく、客を振り続けることになります。
初音楼には金は落ちませんが、篝火花魁の道中見たさに大勢の男たちが集まるため、引手茶屋は儲かり、芸者や幇間などもありがたがっています。

さて、その竜之進は、地味な旗本の部屋住み姿になりを変えて、新吉原を抜け出して、浅草山之宿町の煮売屋「椿屋」で酒を飲むのが息抜きです。
三十過ぎの女将加代に、亡き母の面影を重ね合わせ、そこの常連で、読売屋「扇屋」の手伝いをしている十六歳の娘・楓や御徒見習の役に就いている貧乏御家人の大田直次郎と一緒に、市井の話をしたり、酒を酌み交わしたりします。

一人前の矢立屋(記者)になりたくて修業中の楓から、向島の秋葉大権現社の裏の畑に、天狗が出て輪になって踊っているというおかしな話を聞きます。しかも天狗たちは「まいない鳥が天に飛ぶ この世を正さにゃ皆地獄」と、老中の田沼主殿頭意次を揶揄するような変な歌を歌っているという。三人は真相を探るべく、夜の秋葉権現へ出かけます……。

大田直次郎は、後に南畝、蜀山人として文名を天下に轟かすことになりますが、このとき二十五歳の若侍です。

物語は、謎が深まっていき、やがて老中田沼主殿頭意次を巻き込む騒動に発展していきます。

 竜之進は刀を八相に構え、右の胸前に引きつけた。
(柳が風に揺れるが如く)
 身体を大きく捻って左に軸をずらしてゆく。
 この姿勢をとれば、斬りつけるときの力ははるかに倍増する。
(外八文字を踏むが如く)
 ゆるやかに足をさばいて、前後にかるく開く。
 踏み込むときの素早さを稼ぐように、両の足の踵から力を抜く。
(振袖の金竜を見物に誇るが如く)
 刀を大きく背に向けて傾ける。

(『おいらん若君 徳川竜之進 天命』P.284より)


本書の魅力は、尾張徳川家のご落胤が新吉原一の花魁という奇想天外な設定に加え、竜之進の溌溂とし、無鉄砲な若者らしい行動と、悪を斬る『見返り柳剣』も見ものです。
シリーズの今後の展開が楽しみです。

山本祥子さんによる、カバーイラストレーションが素敵で、剣を構える姿も決まっています。それもそのはず、剣術家の金山孝之さんがカバーのイラストレーションのポーズについて、剣術指導をされていたんですね。


◎書誌データ
『おいらん若君 徳川竜之進 天命』
出版:双葉社・双葉文庫
著者:鳴神響一

カバーデザイン:長田年伸
カバー剣術指導:金山孝之
カバーイラストレーション:山本祥子

発行:2018年4月15日
611円+税
301ページ

●目次
序 夜襲
第一章 篝火
第二章 天狗騒動
第三章 狐退治
第四章 木挽町の椿事
第五章 慈仁の心なく

■Amazon.co.jp
『おいらん若君 徳川竜之進 天命』(鳴神響一・双葉文庫)

『私が愛したサムライの娘』(鳴神響一・角川春樹事務所・時代小説文庫)