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江戸の小学校、寺子屋の世界がわかる、青春時代小説

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三人娘 手蹟指南所「薫風堂」野口卓(のぐちたく)さんの文庫書き下ろし時代小説、『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』が角川文庫より刊行されました。
二十歳の若き手蹟指南(寺子屋の師匠)、雁野直春を主人公にし、その青春を描く、連作形式の時代小説シリーズの第2弾です。

二月の初午の時期を迎え、「薫風堂」に新しい手習子がやってきた。四カ所の寺子屋に断られたほどの悪童を、直春は引き受ける決心をする。
一方、五月の端午の節句が過ぎてほどなく、二人の武家娘が直春を訪ねてきた。ノブと菜実は、幼馴染の美雪が想いを寄せる直春を、一目見ようとやってきたのだ。ところが波は、凛としていながらも誠実な直春にただならぬ関心を寄せるのだった……。

本シリーズは、江戸の小学校ともいうべき、寺子屋(手蹟指南所とも、手習所ともいう)を舞台にしています。寺子屋が出てくる時代小説は少なくありませんが、本書ほど、寺子屋の様子を丁寧に描いた作品はほとんどありません。

「だれがその手を喰うものか。頭は悪くないくせに、学びたくねえときてる。今までの師匠はごまかせてただろうが、この雁野直春はそれほど甘くねえ。おっかさんにも、厳しいが上にも厳しく鍛えるように言われておるからな。徹底的に仕込んでやる。できなきゃ棒満だ」
(『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』「新しい風」P.37より)

直春が四カ所の寺子屋を追い出された悪童の儀助を、「薫風堂」に迎え入れた初日に言った言葉だが、「棒満」とは水に入れた茶碗と火を点けた線香を両手に持つ罰のこと。

寺子屋では、手習子に対して同一の講義ではなく、個別指導で、手習子の能力や進み具合に応じて、変化を付けながら教材を与えています。

 日常生活に必要な手紙文の、雛型を集めた『商売往来』。
 江戸の町名を書きあげて手本とした『町名尽』は、普段の会話にもよく出てくるので、だれもが関心を持って早く憶えようとする。
 日本橋を発ち、品川宿から始まって五十三番目の大津宿までの宿場を網羅した、京都三条大橋に至る『五十三次』も、興味を示す子が多い。
(『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』「メリハリ」P.71より)

といった具合に、寺子屋での教育の様子も描かれていて興味深いです。

本書の読みどころは、そんな手習所の師匠になって一年が経過して、その教えっぷりも充実してきた直春ですが、若い女性の心情には疎くて、美雪の幼馴染の菜実の登場で翻弄される姿が端正に描かれていくところです。
直春と美雪の恋の行方がどうなるか、気になります。

登場人物の一人が語る、「たまたまこのようにして巡り逢えたけれど、今ここで逢っていなくても、かならずどこかで逢う定めの人だったと感じられたのです。なぜなら縁ですから。信頼できる人の傍に居られる。その声を聞くことができる、笑顔を交わせる、それはとても幸せなことなのです」という言葉に癒されます。

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『三人娘 手蹟指南所「薫風堂」』(第2作)
『手蹟指南所「薫風堂」』(第1作)