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山手樹一郎ワールドへ誘う痛快な時代小説

鳴海丈(なるみたけし)さんの『ぼんくら武士道』を読んだ。鳴海丈さんというと、大人向けの時代小説の書き手というイメージがあって、その作品を今までほとんど読んでこなかった。しかしながら、PHP文庫の書き下ろし時代小説としてリリースされた本書は、帯に書かれた「恋と笑いと人情と! 明朗&痛快剣劇!」の文字、富士山を背景に美女を背後に守って雲助と立ち会う若侍を描く笠井あゆみさんの表紙装画、そして「ぼんくら武士道」というタイトル、面白そうな匂いがする。

ぼんくら武士道 (PHP文庫)

ぼんくら武士道 (PHP文庫)

主人公の本田蔵四郎は、今年で二十三歳、村雨藩三万六千五百石・香山家の勘定吟味方下役で、家禄は百二十石。美男というほど線が細くはないが、どことなく品の良い整った顔立ちをしている。背丈は高い方で、肩幅も広かった。真面目で融通の利かない仕事ぶりで、周囲からは「ぼんくら」と揶揄される。偶然、刺客に襲われた家老の大久保主水を救ったことから藩の御家騒動に巻き込まれ、使命を帯びて東海道を江戸へ向かうことに…。

「て、鉄扇かっ」

 その後ろの男が、唸るように言う。

 蔵四郎は、脇差ではなく、右手に黒漆塗りの扇を構えていたのだった。

 長さは九寸――約二十七センチ、親骨は鍛鉄で、中骨は真鍮製だ。扇面は絹張りの上に紙を貼っているから、開けば普通の扇として使用できる。

 無論、七百匁――二・六キロほどの重量があるから、よほど強靭な手首の持ち主でなければ、自由に操ることは不可能だが。

 今、本田蔵四郎は、この鉄扇で、己の頭上に振り下ろされた刃を、目にもとまらぬ迅さで、その鐔元から叩き折ったのであった。

(『ぼんくら武士道』P.32より)

ぼんくらの蔵四郎が旅に出ると、一転して、鉄扇を武器に、刺客や雲助、忍び、山賊など次々と襲い掛かる敵に立ち向かうギャップが面白い。そして、使命を帯びた旅の途中でも、老人や女性の危難を救うところが本格派の時代ヒーローという感じで読んでいて爽やかな気分にさせられる。主人公に、しっかりとした一本筋が通った、生き方の指針があることで、単なる明朗型ヒーローではない魅力が感じられるのだろう。

「私は泣きべそをかきながら、自分のせいで母上は亡くなったのですか、と父に尋ねた。父は、私の目を、じっと見つめて、こう言ったよ。本当に、そう思うのか。そう思うのなら、母に貰った命、大事に使え。周りの者に何と言われようとも、武士として本当に正しいと思う生き方をしろ。そして、出来る限り女人を労ってやれ……と、ね」

(『ぼんくら武士道』P.137より)

読み進めるにしたがって、古き佳き山手樹一郎さんの時代小説を思い出して、何とも得した心持になっていった。蔵四郎の道中に絡む謎の美女お綸の存在から「剣難女難」という言葉が頭をよぎる。読み終えて「あとがき」を読むと、作者自身が山手さんの熱烈なファンで、山手さんの世界に近づきたいと思って書いたと、種明かしがされている。なるほど。

現在、文庫書き下ろし時代小説が多くの人たちに支持されてブームになっているが、それらの多くが、山手樹一郎さんの作品と共通する面白さがあるように思われる。現在のように不安やストレスが多い時代だから、憂さを忘れて楽しむことができるものが愛されるのかもしれない。