北條氏の河越城の合戦を描く歴史時代小説

海道龍一朗(かいとうりゅういちろう)さんの『北條龍虎伝』を読んだ。2006年7月に新潮社より刊行された『後北條龍虎伝』を文庫化にあたり、改題したものだ。徳川家の前に江戸(武蔵国)を統治していたのは北條家である。しかし、長年、東京に住み、箱根などその周辺に行くことも少なくないのに、北條家にはあまり興味をもっていなかったせいもあるが、北條一族についてほとんど知らない。

北條龍虎伝 (新潮文庫)

北條龍虎伝 (新潮文庫)

本書の主人公は、北條家三代目惣領の北條氏康(ほうじょううじやす)である。物語は、天文十四年(1545)七月、氏康が駿河の今川義元との和睦にこぎつけ、駿河東部から軍を撤退させて、小田原城に帰還する途上で箱根権現に立ち寄ったところから始まる。駿河東部(河東)で今川軍と交戦中の氏康は、思いもよらない事態に見舞われる。今川と婚姻を通じて縁戚になった甲斐の武田晴信(後の信玄)が、義元に援軍を送ってきた。時を合わすように、関東管領の山内上杉憲政(やまのうちうえすぎのりまさ)が関八州の諸家を糾合して武蔵の河越城に向けて、六万の大軍を率いて進発した。さらに、氏康の妹が嫁ぎ北條家とは縁戚で関東管領の大軍勢の抑止となるはずの、古河公方(こがくぼう)まで、二万余の軍勢を引き連れて河越城攻めに加わったという。

河越城には、北條一の猛将の北條綱成(ほうじょうつなしげ)が城将として、三千余の兵たちと籠城に耐えてた。8万5千vs.3千という絶望的な兵力の差、河越城の危機。氏康は河越城を救うことができるのか、はたまた、見捨てるのか。

『……なにゆえ、余を放っておいてくれぬ』

『あなた様が身の生涯ただ一人の主君だからです。この身は二君に仕えぬ』

 綱成は微動だにせず氏康の両眼を見つめ、最後の闘気を発する。

(『北條龍虎伝』P.300より)

家臣たちから「氷龍(こおりのりゅう)」と畏敬される氏康と、北條家の武者たちから「焔虎(ほのおのとら)」と一目置かれる綱成。血がつながらないながらも、双子の兄弟のように育ってきた、二人が共鳴しながら、北條氏を関東の覇者へと導く姿が感動的で、戦国時代を舞台にした青春小説の傑作。

「三代にして関八州に覇を成す」「人こそ、財(たから)」など、北條家の家是や、初代早雲が五公五民だった年貢を四公六民に引き下げたことなどからみて、北條家がとても魅力的な領主に思える。物語の途中で、鶴岡八幡宮の小別当の大庭良能(おおばよしただ)の口を通じて、下総の古河に公方がいるようになった経緯が語られ、室町中期の政治情勢を解説される形がとられていたので、この時代に疎かっただけに大いに助かった。

小田原城や河越城、江戸城ばかりでなく、稲城の小沢城や瀬田原の世田谷城、そして家の近所である烏山、牟礼など土地鑑のある地名が次々と登場し、とても親近感が持てる。もっと、北條氏を描いた歴史時代小説を読んでみたいと思った。

おすすめ度:★★★★☆☆