シーボルトってスパイだったの!?

秦新二さんの『文政十一年のスパイ合戦 検証・謎のシーボルト事件』を読んだ。双葉文庫から出されてる「日本推理作家協会賞受賞作品全集」に収録される形で昨年15年ぶりに復刊された作品だが、読み始めるまで、てっきり時代ミステリー小説だと思っていた。

 学生時代オランダ語を学んだ私が、シーボルト・コレクションに興味を抱いたのは、それが膨大と伝えられていたわりには、現存が確認されている収集物があまりにも少ないことからだった。国会図書館などで資料にあたるうちに、オランダのライデン市のいずれかの博物館に、コレクションの大部分が眠っていることを知って、受け取ったばかりの翻訳本の印税をふところにすると、さっそくオランダへ飛ぶことにした。一九七五年のことである。

(『文政十一年のスパイ合戦』P.12より)

筆者はシーボルト・カウンシル(財団)の理事で30年以上にわたってシーボルト研究に従事しているそうだ。本書が文藝春秋より単行本化されたのは1992年で、その研究の17年目に発表された歴史レポートが本書である。

鎖国下の文政十一年、長崎からオランダへ送ろうとしたシーボルトの荷物の中に、国外持ち出し禁止の日本地図が発見される。シーボルトは国外追放となり、シーボルトに地図を渡した公儀天文方兼御書物奉行高橋作左衛門は投獄され死罪処分を受け、シーボルトと交流のあった蘭学者たちが処分を受けた。学校の日本史で習った、シーボルト事件とはこんな感じだったと思う。

シーボルトというとドイツ人医師で、多くの日本人蘭学者を育てたイメージがあったので、なぜ禁制の地図を持ち出したのか、ずっと不思議だった。本書を読んでその謎は解決した。そしてそれは、第一級のミステリー小説も顔負けのスリリングな形で歴史的事件の真相を解き明かしてくれた。しかも、海外に多数残されていた新発見の資料を綿密に読み込み検討することで。

従来のシーボルト研究が日本に残された資料によるものであることに対して、秦氏は日本側の資料だけでは説明がつかない事柄に注目して、オランダやドイツ、インドネシアなどにシーボルトが残した膨大な資料と日本の資料を付け合せることで、従来の日本におけう研究では重要な部分が割愛されていたり、間違って翻訳されていることに行き当たる。

そしてついに、シーボルト事件の裏側に潜むものにまで突き当たる。丹念に検証を重ねていく前半部分から、次々に新しい事実が明らかになりアドレナリンが高まっていく後半への展開など、文句なく歴史好きの知的好奇心を満足させる一冊である。