防衛省スキャンダルを思い出させる時代小説

松井今朝子さんの『辰巳屋疑獄』を読む。役人と商社の癒着、今ニュースを騒がせている山田洋行スキャンダルを彷彿させるような江戸時代の一大疑獄事件を描いた時代小説。辰巳屋は大坂一の炭問屋で掛屋(大名相手の金融業)も営む豪商。手代四百六十人、家財二百万両という大坂を代表する商家で跡継ぎ問題が起こる。それは家族や親類、奉公人ばかりでなく、大坂中の商家、町奉行所の役人、幕府、京の公家の世界をも巻き込む一大疑獄事件に発展する。

辰巳屋疑獄 (ちくま文庫)

辰巳屋疑獄 (ちくま文庫)

この物語を読むまで知らなかった事件だったが、大岡越前守の日記「大岡越前守忠相日記」に登場する史実だそうだ。粉川哲夫さんの解説によれば、辰巳屋の一件は江戸期に歌舞伎狂言『棹歌木津川八景』や『女舞剣紅楓』等で舞台化されている(出典:早稲田大学大学院文学研究科紀要、内山美樹子教授)という。内山美樹子先生といえば、学生時代に日本演劇史の講義を聴講したことを思い出し、ちょっと懐かしい気分になった。歌舞伎に精通されている、著者の松井さんが辰巳屋の事件を題材に取り上げたのも当然かもしれない。

物語は、吹田村の農家の次男坊に生まれて、辰巳屋に奉公に出た元助の目を通して描かれる。晩年の寺社奉行時代の大岡越前守が登場するのも注目だが、物語を面白くするのは、辰巳屋の三男坊に生まれて父の実家の炭屋を継いだ木津屋吉兵衛。子どものような無邪気さを発揮して、周囲を引っ掻き回す何とも困った人ながら、憎めないキャラクターだ。

大坂の商家を舞台にした時代小説というと、同じ作者の『奴の小万と呼ばれた女』も面白かったが、京都生まれの松井さんが何で大坂の人を描くのがうまいのかなと思っていたら、お母様が大阪出身とのこと、すんなり納得した。おかしくてやがて哀しい大坂時代小説の傑作である。

奴の小万と呼ばれた女 (講談社文庫)

奴の小万と呼ばれた女 (講談社文庫)