『恋女房 おくり絵師』|森明日香|時代小説文庫
森明日香(もり・あすか)さんの時代小説『恋女房 おくり絵師』(角川春樹事務所・時代小説文庫)を紹介します。
本作は、2024年に『おくり絵師』で第13回日本歴史時代作家協会賞・文庫書き下ろし新人賞を受賞した著者による、書き下ろし時代小説シリーズの第4作です。
仙台の旅籠で育ち、父の顔を知らぬまま母と死別した少女・おふゆ。母が息を引き取る直前に、「お前の父は絵を描いていた。兄弟子を頼って江戸へ行け」と言い残し、12歳のおふゆは歌川国藤のもとへ弟子入りします。現在は国藤の工房に住み込みで、絵師としての修業に励んでいます。
絵師見習いのおふゆは、人々の痛みや悲しみに寄り添い、その心に灯りをともすような絵を描きたいと願いながら、懸命に日々を生きています。
あらすじ
絵師見習いのおふゆは、亡き人と遺された人への想いを込めて描く「死絵(しにえ)」に心惹かれながら、師匠・歌川国藤のもとで住み込みの修業を続けていました。
前年に江戸を襲った大地震の影響は甚大で、板元からの依頼も減り、国藤は病身に鞭打って仕事を探しに出ています。
いまだ町に地震の傷跡が残るある日、町奉行所の同心・梶原が、おふゆを訪ねてきました。薬研堀の長屋で女が殺され、疑わしい男が逃亡しているというのです。その男の行方を追うために、似顔絵を描いてほしいと依頼されますが……。
人生の陰影をあたたかく包み込む、情感あふれる絵師物語。大好評シリーズ、第4弾です。(カバー裏の説明文より抜粋・編集)
ここに注目!
本シリーズでは、各巻ごとにおふゆが絵師として少しずつ成長していく姿が丁寧に描かれており、読者の心をとらえます。
絵を描くのが好きなおふゆですが、当初は「何を描けばよいのか」がわからず悩んでいました。
ある出来事をきっかけに出会ったのが「死絵」。それは、亡くなった人への惜別の思いと、遺された人の悲しみに寄り添って描かれる絵でした。
八代目市川團十郎の死絵で評判を得たものの、21歳となった今も、戸惑いや葛藤を抱えながら修業を続けています。
前作『夜の金糸雀 おくり絵師』では、安政二年(1855)十月に起きた大地震が描かれ、国藤の工房兼住居が焼失し、生活も一変しました。
懇意にしていた菓子屋「卯の屋」の寅蔵は、大地震で店を失い、今は神田鍋町の長屋で母・おりんと暮らしています。かつて修業していた菓子屋「巳吉屋」に世話になり、再興を目指して菓子の振り売りに励んでおり、おふゆはそんな寅蔵への思いを募らせていきます。
3話の連作形式で構成される本作の表題作では、町奉行所の同心・梶原から、殺人事件の容疑者の似顔絵を描いてほしいと頼まれたおふゆが、男の住んでいた長屋で話を聞くうちに、思いがけない真実に触れるという展開が描かれます。
そのほか、「巳吉屋」が元日に配る菓子折りの掛け紙に絵を描く「腕くらべ」では、他の絵師との技と作品を競うエピソードも描かれています。
前作に続き、実在の絵師たちも登場する点も見逃せません。江戸末期の絵師の世界と市井の人々の暮らしが繊細に描かれる、見どころ満載の一冊です。
今回取り上げた本
書誌情報
恋女房 おくり絵師
森明日香
角川春樹事務所・時代小説文庫
2025年7月18日第一刷発行
装画:かない
装幀:アルビレオ
目次
第一話 恋女房
第二話 腕くらべ
第三話 白梅の文
本文249ページ
書き下ろし
