30の神社からよむ日本史

誰かに話したくなる、有名神社と偉人たちとの意外な関係

30の神社からよむ日本史安藤優一郎さんの歴史読み物、『30の神社からよむ日本史』(日経ビジネス人文庫)を紹介します。

著者の安藤優一郎さんは、JR東日本「おとなの休日倶楽部」など生涯学習講座の講師として活躍されている歴史家です。著書には、『西郷どんの真実』『徳川慶喜と渋沢栄一』『河井継之助』など、多くの歴史読み物があります。

神社と時の有力庇護者の関係、血なまぐさい事件、神になった英雄たち――。神代の昔から存在する鎮守から、実はけっこう新しい神社まで、神社には知られざる歴史的逸話が数多く眠っている。

本書は、『30の発明から日本史』など、日経ビジネス人文庫のシリーズの1冊で、30の有名な神社を舞台に歴史を読み解くことで、学校では教えられることがなかった日本史の意外な事実の数々を明らかにします。

 八百万の神という言葉に象徴されるように、日本には無数の神が祀られているが、神そして神を祀る社(神社)は信仰の対象であっただけではない。日本の歴史をみていくと、神社が歴史を動かしたり、歴史を作り出す舞台となるのは日常茶飯事のことだった。

(中略)

 神社が歴史の舞台となることも珍しくない。奈良時代、時の称徳天皇の信任を得ていた僧道鏡は皇位を狙うが、宇佐八幡宮の御神託により、その野望は潰えた。神社が歴史を動かした典型的な事例だ。また、本能寺の変の前には明智光秀がその決断を愛宕神社に委ねている。籤を引いて吉が出たことで、主君の織田信長を討つ決意を固めたと伝えらえる。
 
(『30の神社からよむ日本史』「はじめに」P.3より)

神社が歴史を動かしたのは政治面だけではなく、経済面や文化面に大きな影響を与えることも度々あります。神社への参拝が当の神社だけでなく、鎮座する地域にも多大な経済効果を生み出す事例も多くあります。

また、江戸時代、歌舞伎(宮地芝居)の興行地であり、落語や講談などの芸能興行を楽しめるエンタメの場所でもあり、文化の発信地にもなっていました。

神田明神では、安藤さんを塾長に迎えて、「神田かるちゃー倶楽部 明神塾」を主催しています。今年(2018年)は、「江戸の美と匠の世界」というテーマで、文化講座を開催しています。

 明治天皇の崩御を受け、すぐさま皇太子が践祚する。元号も明治から大正へ改元となり、この日より大正天皇の時代がはじまる。明治時代は終わった。
 大喪の後、天皇は京都の伏見桃山陵に葬られたが、東京では天皇を祭神とする神宮を建設しようという運動が起きていた。そして、明治神宮が代々木の地に創建される運びとなるが、そこで大きな役割を果たしたのが渋沢栄一だったことはあまり知られていないだろう。
 
(『30の神社からよむ日本史』P.18より)

実業家のイメージが強い渋沢が、なぜ東京に明治天皇を祀ろうとしたのか。招致から建設までに果たした、渋沢の働きが紹介されています。
ここ数年、初詣に訪れている明治神宮の歴史の一端に触れられて、興味深かったです。

 軍神には二つの用法がある。武運を守る神を指す用法と、すぐれた武勲をたてて戦死した軍人を指す用法だ。武運を守る神を祀っている神社としては鹿島神宮や香取神宮などが挙げられるが、後者については戦死せずとも軍神として祀られ、神社が創建された事例もみられる。
 
(『30の神社からよむ日本史』P.78より)

後者の事例として紹介されているのが、乃木希典を祭神とする乃木神社と東郷平八郎を祭神とする東郷神社です。二人に共通するのは、日露戦争を通じて軍神として敬われるようになったことにありますが、神社創建までの経緯は違っています。

 信長は世俗の様々な権威を否定し、自らを神格化したと指摘されることも多いが、そんな信長も神社にすがって戦勝祈願した時があった。
 桶狭間の戦いで熱田神宮が果たした役割に迫ることで、信長の意外な顔が浮かび上がってくる。
(『30の神社からよむ日本史』P.144より)

熱田神宮には、桶狭間での戦勝後に奉納した「信長塀」が、日本三大土塀の一つ(ほかの二つは三十三間堂の太閤塀、西宮神社の大練塀)として現存しています。

本書を読んで、歴史の舞台となった神社を訪れてみたくなりました。

◎書誌データ
『30の神社からよむ日本史』
著者:安藤優一郎
日本経済新聞出版社・日経ビジネス人文庫
第1刷発行:2018年7月2日
ISBN978-4-532-19865-7
本体800円+税

ブックデザイン:鈴木成一デザイン室
カバー装画:國學院大學図書館所蔵「熊野那智参詣曼荼羅」部分
301ページ

●目次
はじめに
北海道神宮~なぜ明治に入って札幌神社が創建されたのか
出羽三山~なぜ松尾芭蕉は出羽三山を参詣したのか
塩竈神社~なぜ伊達政宗により厚く信仰されたのか
神田明神~なぜ徳川将軍家は神田明神の祭礼を見物したのか
日枝神社~なぜ徳川家により厚く尊崇されたのか
明治神宮~なぜ渋沢栄一は東京に明治天皇を祀ろうとしたのか
三囲稲荷~なぜ三越本店に三囲稲荷が祀られているのか
乃木神社・東郷神社~なぜ乃木希典や東郷平八郎が祀られたのか
鶴岡八幡宮~なぜ源実朝は暗殺されたのか
鹿島神宮~なぜ安政大地震後に鯰絵に描かれたのか
日光東照宮~なぜ明治維新の際に戦場となるところだったのか
浅間神社~なぜ江戸には浅間神社が多いのか
諏訪大社~なぜ武田信玄は厚く信仰したのか
秋葉神社~なぜ火伏せの神がアキバの由来になったのか
熱田神宮~なぜ織田信長は桶狭間の戦いの前に参拝したのか
伊勢神宮~なぜお伊勢参りが江戸時代に大流行したのか
賀茂神社~なぜ孝明天皇は二百三十年ぶりに行幸したのか
御霊神社~なぜ応仁の乱前哨戦の舞台となったのか
愛宕神社~なぜ明智光秀は本能寺の変の前に参拝したのか
平安神宮~なぜ明治に入って平安神宮が創建されたのか
樫原神宮~なぜ明治に入って橿原神宮が創建されたのか
熊野三山~なぜ皇族や公家たちの間で熊野詣が盛んになったのか
湊川神社~なぜ水戸光圀は楠木正成を厚く信仰したのか
出雲大社~造営遷宮費をどうやって集めたのか
厳島神社~なぜ平家は厚く信仰したのか
松陰神社~なぜ長州藩は吉田松陰を祀ったのか
金刀比羅宮~なぜ神社の門前で歌舞伎が興行されたのか
太宰府天満宮~なぜ菅原道真は太宰府に流されたのか
宇佐神宮~なぜ朝廷の人事に影響を及ぼせたのか
水天宮~なぜ大江戸八百八町で大人気だったのか

■Amazon.co.jp
『30の神社からよむ日本史』(安藤優一郎・日経ビジネス人文庫)

神田かるちゃー倶楽部 明神塾|神田明神
歴史家 安藤優一郎 オフィシャルサイト