光秀の側から、本能寺の変の真相に迫る、歴史ミステリー

光秀叛逆の血脈志木沢郁(しぎさわかおる)さんの文庫書き下ろし歴史小説、『光秀叛逆の血脈』がコスミック・時代文庫から刊行されました。

本能寺の変の要因については、野望説、怨恨説、黒幕説、突発説など、さまざまな見方が示されてきました。それぞれの説を取り入れた歴史小説もあり、それぞれに興味深く読めるのは、よくわからなことが多い、戦国最大級の事件だからかもしれません。

明智光秀は元々、源氏一族の土岐氏の支流を標榜し、その血脈に矜持を持っていた。よって、足利義昭に近侍し、幕臣となったことは殊の外名誉であった。だが同時に織田家の家臣に招かれたことで運勢の歯車は狂いだす。義昭と信長の対立が激化、義昭が京を追われるのだ。新しき世の構築の可能性を模索しながら苦悩を深める光秀……。そして運命の天正十年六月二日は着実に迫りつつあった!

志木沢郁さんは、『豊臣秀長』『立花宗茂』『可児才蔵』など戦国武将の史伝で活躍しているほか、『剣客定廻り 浅羽啓次郎』や『見習い同心捕物帳 深紅の影』などの文庫書き下ろし時代小説を書かれています。

これまで、縁が薄く当サイトで紹介することがありませんでしたが、気になっていた作家の一人です。

物語は、永禄九年(1566)、十三代将軍足利義輝の弟で奈良興福寺一乗院門跡である覚慶が、義輝暗殺後に還俗し、足利義秋(のち義昭)と名乗り、越前の朝倉義景のもとに流れていったころから始まります。

同じく義景のもとにいた明智光秀は、義昭と側近・細川藤孝と出会い、幕府再興に向けて、朝倉家を出て織田信長に頼ろうとします……。

幕府を支えるという役割をもって、織田家の家臣となった光秀は、順調に出世を続けていきます。
天正三年(1575)四月、その光秀に転機となる出来事が起こります。

「云うのを忘れた。今度都に上った時に、その方の氏を変える」
「はっ?」
「五郎左衛門(丹羽長秀)を惟住と、その方を惟任とするゆえ左様心得よ」
 ――氏を変える?
 何のことかはすぐに分かった。
 惟住も惟任も、九州の名族の名であり、それはいずれ来るべき九州進出の際の方便となるのだろう。
 分かったがしかし、光秀の喉は石を詰めたように固くなった。すらすらと返事ができなかった。
 明智一族は、美濃において筋目正しい土岐氏の支流を標榜している。そして土岐氏と云えば、誰も知る由緒ある源氏姓の一族である。
 
(『光秀叛逆の血脈』P.8より)

光秀の謀反の理由の一つを、元幕臣にして土岐源氏を誇る光秀の出自によるとした視点から描かれています。

――まさか、遷都をお考えではあるまいな。
 ふいに光秀は思いつき、ほとんど息が止まりそうになった。
 
 (中略)
 
 その昔、平相国清盛は、強引に京の都を捨て、福原に遷都を強行した。実際には混乱を極めた後、そのことは沙汰やみとなったが、自ら平氏の末裔と称するなら、安土遷都をやってのけぬとも限るまい。
 ――ならぬ! そのようなことはならぬ! あるべきことではない。
 王城は四神に護られた平安京の地でなければならぬ。幕府は、源氏の血統によってこそ護られなければならぬ。
 
(『光秀叛逆の血脈』P.156より)

光秀の思考はやがて、信長が安土に遷都して幕府を開くという思いに囚われていきます。
光秀の性格や考え方、言動が作品を通じて、丹念に描かれてきたことにより、読者であるわれわれはやがて起こる本能寺の変を必然の結果と思うようになります。

――まさか、遷都をお考えではあるまいな。
 ふいに光秀は思いつき、ほとんど息が止まりそうになった。
 
 (中略)
 
 その昔、平相国清盛は、強引に京の都を捨て、福原に遷都を強行した。実際には混乱を極めた後、そのことは沙汰やみとなったが、自ら平氏の末裔と称するなら、安土遷都をやってのけぬとも限るまい。
 ――ならぬ! そのようなことはならぬ! あるべきことではない。
 王城は四神に護られた平安京の地でなければならぬ。幕府は、源氏の血統によってこそ護られなければならぬ。
 
(『光秀叛逆の血脈』P.156より)

光秀が目指した、謀叛後の政治体制とは?

次々と興味が湧いてくる展開、光秀と信長に目が離せなくなります。

 信長には、ひどく子供じみたところがある。いや、子供じみたというよりも、よく考えれば、信長の心根の本質は、昔から今に至るまで子供そのままと云っても良いのかもしれなかった。
 彼を卓越した存在にしている、常識を超えた大胆さ、機敏な行動力、溌剌とした好奇心。それらは皆、云ってみれば子供の特徴であり、取りえであった。そして、仮借ない報復の残虐さも根は同じと云える。
 
(『光秀叛逆の血脈』P.165より)

光秀の盟友で、信長の家臣である、細川藤孝の信長評です。その冷徹な分析力は本能寺の変後の対応にもみられるように思います。

著者は、多くの史資料をもとに史実を巧みに取り入れて、本能寺の変という謎が多い事件の真相に迫る、戦国歴史ミステリーに仕上げています。

この作品の満足度が高かったので、ほかの作品も読んでみたくなりました。

カバー装幀:田村たつき

◎書誌データ
『光秀叛逆の血脈』
著者:志木沢郁
出版:コスミック出版・コスミック・時代文庫
発行:2018年3月25日
660円+税

●目次
第一章
第二章
第三章
第四章
第五章
あとがき

■Amazon.co.jp
『光秀叛逆の血脈』(志木沢郁・コスミック・時代文庫)

『豊臣秀長』(志木沢郁・学研M文庫)Kindle版
『立花宗茂』(志木沢郁・学研M文庫)Kindle版
『可児才蔵』(志木沢郁・学研M文庫)Kindle版
『剣客定廻り 浅羽啓次郎―旗本同心参上』(志木沢郁・コスミック・時代文庫)
『見習い同心捕物帳 深紅の影』(志木沢郁・角川文庫)