悲運の英雄、源為朝の波瀾万丈の冒険ロマンが、現代に甦る

私家本 椿説弓張月平岩弓枝さんの、『私家本 椿説弓張月』が新潮文庫から刊行されました。

武勇に優れ過ぎたために信西(藤原通憲)の妬みを買い、京の都を追われた、眉目秀麗にして堂々たる偉丈夫の源為朝。美しい鶴に導かれ、肥後国・阿蘇の宮にたどり着き、最愛の妻となる女性・白縫と巡り合う。
しかし、過酷な運命は、伊豆大島、四国、琉球と、悲運の英雄を更なる波瀾万丈の冒険の旅へと導いていく……。


本書は、曲亭(滝沢)馬琴の江戸時代最大のベストセラー『椿説弓張月(ちんせつゆみはりづき)』を、時代小説の名手・平岩弓枝さんが現代人に読みやすい形で書き起こした時代小説です。

馬琴の読本『椿説弓張月』は、子供のころから気になっていた物語でした。

歌川国芳の錦絵『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』
昨年、歌川国芳の錦絵『讃岐院眷属をして為朝をすくふ図』を見て、白縫姫や舜天丸、喜平次といった人物の関係がわからず、なぜ、巨大な鰐鮫や烏天狗の登場の意味もわかりませんでした。
このエンターテインメント絵画を楽しむためにも、題材の世界についてもっと知りたいと思うようになっていました。

さて、『私家本 椿説弓張月』に話を移しましょう。
源為朝は、若き日に崇徳上皇の前で武芸を披露したことから、朝廷の実力者・信西に妬まれたことから、京の都を追われて、肥後の阿蘇を目指します。

九州で四囲の武将たちを従えたことから、鎮西八郎と呼ばれるようになります。「椿説」という言葉は、「説」という字が「ぜい」とも読めることから、「鎮西」にかけたともいわれています。

九州や伊豆大島での為朝の活躍も楽しいですが、本書の最大の読みどころは、琉球王朝を巻き込んだスケール壮大で波瀾万丈の冒険にあります。
勧善懲悪という言葉では収まらない、多彩な登場人物が複雑に織りなすストーリーで、伝奇小説の面白さもあり、魅力的な英雄譚になっています。

次は、葛飾北斎が挿絵を描いた、曲亭馬琴の原典『鎮西八郎為朝外伝 椿説弓張月』を読んでみたくなりました。

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『私家本 椿説弓張月』(平岩弓枝著・新潮文庫)


「2017年4月の新刊 中」をアップ

一九戯作旅2017年4月11日から4月20日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2017年4月の新刊 中」を掲載しました。

今回注目するのは、講談社文庫です。

野口卓さんの『一九戯作旅』は、若き十返舎一九が下積みから『膝栗毛』で流行作家となるまでの長い戯作道を、創作の勘所と合わせて軽妙に描いた作品。
古典落語への造詣が深く、「ご隠居さん」シリーズが好評の、笑いのツボを押さえた著者ならではの一九像に期待してます。

葉室麟さんの『山月庵茶会記』は、『陽炎の門』『紫匂う』につづく、「黒島藩シリーズ」第3弾です。
かつて政争に敗れた男が、千利休の流れを汲む高名な茶人となって国に戻ってきた……。
小島環さんの『小旋風の夢絃』は、中国の春秋後期の衛国。盗掘を生業とする養父に育てられた、十五歳の少年・小旋風が活躍する歴史ファンタジーです。
第9回小説現代長編新人賞受賞作。

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『一九戯作旅』
『山月庵茶会記』
『小旋風の夢絃』


→2017年4月の新刊 中

スペインに渡ったサムライの軌跡。慶長遣欧使節団異聞

天の女王鳴神響一(なるかみきょういち)さんの長編歴史ミステリー、『天の女王』がH&I(エイチアンドアイ)から刊行されました。
表紙装画は、ヨーロッパで活躍中の画家・大和田いずみさんの油彩作品です。

十七世紀、スペイン。新旧の巨大勢力がフランス、イギリス、バチカンを巻き込み陰謀の限りを尽くして繰り広げる権力抗争に、若き日本のサムライ(サムライハポン)とスペインの芸術家たちが、“愛”と“美”を賭して立ち向かう……。


本書は、2014年に『私が愛したサムライの娘』で第六回角川春樹小説賞を受賞してデビューし、『鬼船の城塞』や「影の火盗犯科帳」シリーズで活躍されている、鳴神響一さんの最新長編小説です。

物語は、現在のスペインのセビージャで始まります。
フラメンコをこよなく愛し、マドリードの大学で文学を教える島本は、バイラオーラ(フラメンコの踊り手)のリディアから、先祖伝来の古いペンダントを見せられます。

――まったく、天上の特等席からこんな素敵なお祭り見物ができる切符なんぞ、そうざらに手にはいるものじゃあない。
(『天の女王』P.13より)


ペンダントの中には、十七世紀スペインを代表する劇作家のカルデロンの戯曲の一節が刻まれていて、裏面には日本の家紋を思わせる意匠が刻まれていました。
島本とリディアは、ペンダントの謎を解く旅に出て、そこで、十七世紀のスペインを舞台に繰り広げられた驚嘆の物語へと導かれていきます……。

「二人とも不思議な顔をしているな。インディアス(新大陸)から参ったのか?」
 フェリペ四世は外記の顔を、面白いものを見るように、しげしげと眺め回した。若き国王は日本人の顔を見た経験はないらしい。
「この者たちは、ハポンです。先王フェリペ三世陛下の御代に、主の栄光を求めて遠いオリエンテからやって参ったドン・フィリッポ・フランシスコ・支倉六右衛門(常長)の使節団に加わっておりました。主の御恵みに心打たれ、我が帝国の繁栄を目の当たりにして、帰国を思い留まった者たちでございます。
 サルバティエラ伯爵は、ここぞとばかりに、二人を売り込んでくれた。
(『天の女王』P.60より)


慶長十八年(1613)に、伊達政宗は、仙台とスペインの間の貿易を始めるために、フランシスコ会宣教師ルイス・ソテロを正使に、家臣の支倉常長を副使に選んでヨーロッパへ派遣しました。いわゆる慶長遣欧使節団です。

物語は十七世紀にさかのぼり、主人公は、支倉常長の秘書役の小寺外記と、使節団の警護隊長の瀧野嘉兵衛に代わります。使節団から離脱してセビーリャ(セビージャ)に残った日本人です。

フェリペ四世やイザベラ王妃ばかりでなく、弟宮のアウストリア枢機卿、首席大臣のオリバーレス伯爵、宮廷画家のベラスケスや劇作家のカルデロン、マドリード一の歌姫・タティアナが登場し、圧倒的なスケールで華麗なる物語が繰り広げられます。
それは、すぐれた演者が生み出すフラメンコのように、心地よい陶酔へと誘います。

先日(4月5日)、国賓として来日したスペイン国王フェリペ六世夫妻を招いて、天皇、皇后両陛下が主催される宮中晩餐会が皇居・宮殿「豊明殿」で開かれました。

晩餐会の冒頭で、天皇陛下は、1549年に宣教師のフランシスコ・ザビエルが渡来したのに始まる両国の長年の交流について触れられていました。

交流の歴史の中には、慶長遣欧使節団でスペインに残ったサムライたちがいたんですね。故郷の日本を離れ、遠くスペイン宮廷を舞台にした、若きサムライたちの活躍に胸が躍ります。

慶長遣欧使節団に加わった仙台藩士を主人公にし、スペインを舞台にした時代小説では、佐藤賢一さんの『ジャガーになった男』もおすすめです。

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『天の女王』
『私が愛したサムライの娘』
『鬼船の城塞』
『影の火盗犯科帳(一) 七つの送り火』

『ジャガーになった男』(佐藤賢一著・集英社文庫)



蝦夷の蜂起、元慶の乱を描く、高橋克彦さんの東北歴史小説

水壁 アテルイを継ぐ男高橋克彦さんの歴史時代小説、『水壁(すいへき) アテルイを継ぐ男』がPHP研究所から刊行されました。

九世紀後半の東北地方。出羽や陸奥に国府が置かれ、朝廷から派遣された国守が統括していた。俘囚と呼ばれ、かの地に暮らす民のほとんどは、もともと蝦夷(えみし)だった者で、朝廷に帰順して田畑を耕し、年貢を納めていた。
二年ごとに繰り返される飢饉と大地震や津波などの天災の影響と、容赦ない中央政権の仕打ちに、俘囚たちは、存亡の危機を迎えていた。
窮する民を見かねて、東北の英雄阿弖流為(アテルイ)の血を引く若者・天日子(そらひこ)が決起する……。


本書は、『風の陣』『火怨(かえん)』『炎立つ(ほむらたつ)』『天を衝く』と、東北を舞台とした、歴史時代小説を描いてきた著者の集大成ともいうべき作品。
これまでの作品と同じように、勝者の視点で綴られた正史とは異なり、敗者となり歴史に抹消された蝦夷の側から描かれています。

本書で取り上げられているのは、元慶の乱(がんぎょうのらん、878~879)です。ところが、物語を読むまで、朝廷の苛政に対して出羽国の俘囚(蝦夷)が蜂起して秋田城を襲ったと記される、この反乱のことを全く知りませんでした。

著者は、執筆の難しさとそれでも書かずにいられなかった動機を『文蔵 2017.4』の中で、次のように述べています。

(前略)陸奥を舞台とする抗争の中で、恐らく唯一蝦夷が勝利をもぎ取った戦いであろうと思われるのに、正史にはなぜ蝦夷が立ち上がったのか、戦の展開がどうであったか、最も肝心な蝦夷の主導者がだれなのか、すべて脇に遠ざけているのだ。
 書くには少ない記録の背後をこちらで大きく膨らませ、登場人物も架空の存在としなくてはならない。それで歴史を描くことになるのか。無理、と諦めていたのはそうした理由であった。(中略)
 今になって「書く」と心が固まったのは、やはり私の年齢が大きい。これを書かずして終えては蝦夷の頑張りに対して申し訳が立たないとう気がしたのだ。(後略)
(『文蔵 2017.4』P.7より)


天日子率いる蝦夷と朝廷軍の戦闘シーン、スペクタクルなストーリー展開、個性派ぞろいの登場人物、一気読みさせる面白さがあります。
物語で描かれている時代の東北が、東日本大震災後復興が進まない現在の東北とオーバーラップしてきて、作中の蝦夷の活躍ぶりが東北人へのエールのように思われてきます。

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『水壁 アテルイを継ぐ男』
『文蔵 2017.4』



「2017年4月の新刊 上」をアップ

若冲2017年4月1日から4月10日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2017年4月の新刊 上」を掲載しました。

毎月、時代小説ファンの心をつかむ、新刊を刊行してくれる文春文庫から、今月も楽しみな作品が出ます。

澤田瞳子さんの『若冲』は、鮮やかな色彩と精緻な描写で見る者を圧倒する、奇想の画人伊藤若冲の半生を新解釈で描いた芸道小説の傑作です。
第153回直木賞候補作品で、『この時代小説がすごい! 2016年版』の単行本部門1位にも選ばれています。

「相手は宇喜多の娘だ。それを嫁に迎えるなど、家中で毒蛇を放し飼いにするようなものぞ」
(『宇喜多の捨て嫁』より)


木下昌輝(きのしたまさき)さんの『宇喜多の捨て嫁』は、捨て駒として後藤勝基に嫁がされた四女・於葉の物語である表題作をはじめ、戦国時代の梟雄・宇喜多直家を取り巻く人物たちを描く6篇を通じて、下剋上で成り上がっていった直家の実像を浮かび上がらせています。

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『若冲』
『宇喜多の捨て嫁』

→2017年4月の新刊 上