『松籟邸の隣人(三) 永夏の章』|宮本昌孝|PHP研究所
宮本昌孝(みやもと・まさたか)さんの 『松籟邸(しょうらいてい)の隣人(三) 永夏の章』(PHP研究所)を紹介します。
主人公は、19歳になった若き日の吉田茂です。学校を転々とした末、学習院中等部への編入が決まり、外交官を目指して勉学に励みます。当時の学習院は宮内省所管の官立学校で、一般にも門戸を開いていましたが、選ばれしエリートたちの集う学び舎として、羨望と尊敬を集めていました。
明治30年代の湘南・大磯を舞台に、少年から青年へと成長していく茂の姿が描かれます。茂の隣人・天人(あまと)を仇と狙うアメリカの老富豪ジョサイア・キャシディが来日し、物語は大きく動き始めます。
物語のあらすじ
アメリカからの復讐者!。その時、天人と茂は。
藤沢の耕餘塾(こうよじゅく)を卒業した吉田茂は、学府を転々とした後、二十歳で学習院中等科に編入します。そして二年後、日本人の悲願であった条約改正の施行日を迎えました。これは、茂が敬愛する外務大臣・陸奥宗光が心血を注ぎ、ようやく締結にこぎつけたものでした。
祝賀ムードに包まれる横浜。しかし、国際港の桟橋に豪華客船から降り立ったのは、屈強な部下を従えたジョサイア。彼は天人を息子の仇と憎み、復讐の機会をうかがっていたのです。老富豪の悪計はいったん発覚し、復讐は未然に防がれたかに見えましたが――。
茂と天人が力をあわせて敵に立ち向かう、明治青春小説の完結編です。
(『松籟邸の隣人(三) 永夏の章』カバー帯の紹介文より抜粋・編集)
ここに注目!
本作は、日本人離れした運動能力が高い天人と、正義感が強く頭のよい茂がバディとなり、敵と対峙する活劇ミステリーの第3弾にして完結編です。
本書を通して、明治期の日本において不平等条約の改正が、いかに画期的な出来事だったかが理解できます。領事裁判権の撤廃と関税自主権の一部回復という条約改正を実現させたのが、外務大臣・陸奥宗光でした。若き日の茂は、彼の大きな影響を受け、外交官への道を志すようになったのでしょう。
活劇ミステリーとしての本書は、そうした当時の世相を巧みに背景に取り入れています。たとえば、不平等条約が施行された明治三十二年(1899)に、横浜でアメリカ人水夫によって起こされた殺人事件「ミルラー事件(ロバート・ミラー事件)」も描かれており、非常に興味深く読むことができました。
この事件は、条約改正が施行されたその日に発生したもので、日本の法律に基づいて行われた、在留外国人の裁判の第一号として、大きな注目を集めました。
条約改正により外国人居留地が廃止され、外国人の内地雑居が可能になったことも、物語に影響を与えています。天人を仇と狙うジョサイアにとっても、日本国内での自由な行動が可能となり、天人との決着の場を得ることとなりました。彼はピンカートン探偵社の調査員を伴い、豪華客船で来日します。
茂と天人に関わる多彩な登場人物たちも本作の魅力のひとつです。それぞれに見せ場が用意されており、これもまたエンタメ時代小説の名手・宮本昌孝さんならではの楽しみです。
続きが読めないのは名残惜しいですが、夏の想い出とともに心に残る、素晴らしい完結編です。
今回取り上げた本
書籍情報
松籟邸の隣人(三) 永夏の章
宮本昌孝
PHP研究所
2025年7月24日第1版第1刷発行
装丁:芦澤泰偉
装画:水口理恵子
目次:
第十七話 鉄路の軋轢
第十八話 野外撮影会余聞
第十九話 明治白袴隊
第二十話 八月の七夕
第二十一話 横浜の一騎討ち
第二十二話 グランド・ホテル
第二十三話 恩讐の大磯
第二十四話 終わらない夏
本文326ページ
初出:月刊文庫『文蔵』2024年4月号~2025年3月号の連載「松籟邸の隣人」第十七話~第二十四話に、加筆・修正したもの
