日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記

崖っぷち商人・清兵衛の泣き笑い商売繁盛記

日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記角川文庫から刊行された、誉田龍一(ほんだりゅういち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記(ひのもといちのあきんど)』を紹介します。

本書は、泉州堺の縮緬問屋「茜屋」の三代目となった清兵衛の、笑いあり涙ありの人情たっぷりの仕事時代小説です。

日の本一の「江戸店持、京商人」を夢見て大坂の大店に修行に出た清兵衛。だが急遽、実家に呼び戻されたことから、彼の悲劇が始まる。江戸以前から続いた縮緬問屋が見事につぶれかけていたのだ。父の左之助は放蕩の限りを尽くし、店の資金はおろか、今日の米まで買えない始末。店の番頭や手代も怠け放題。さらに、頼みの綱の借り入れも八方塞がり。絶望的な状況で、三代目を継いだ清兵衛は、粘りの商人魂で店の再建を目指す。

主人公の清兵衛が、三年ぶりに実家の泉州堺の縮緬問屋「茜屋」に帰ってきたところから、物語は始まります。

「帰ったで……」
 人が見えない。
「ごめん」
 清兵衛は声をかけた。しばらく待ったが、返事が無い。
「おーい、誰ぞおれへんのか」
 清兵衛は声を大きくした。しかし、しーんとしたままだ。
「どないなってんねん」
 清兵衛は周囲を見回した。

(『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』P.6より)

誰も出てこないので、帳場まで行くと不用心にも金箱が置いてあり、清兵衛が中身を確認していると、折悪しく、十六、七と思えるが娘が声をかけてきました

「あんた、何してんねん」

(中略)

「何って、俺は……」
 清兵衛が言い終わらぬうちに、娘は畳に飛び上がると近づいて来た。
「うわっ、何してるん……」
 金箱に手を掛けたままの清兵衛を見て、娘は飛び下がった。
「ひょっとして……泥棒……」
「な、何を言うねん……」
 
(『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』P.8より)

清兵衛は実家の店で泥棒と間違われて一騒動となります。
騒動の中、二人の父で茜屋の主人左之助が登場して、清兵衛が息子で、娘はお絹という名で、左之助が外に作った娘であることが明らかになります。
吉本新喜劇のような絶妙な間のやり取りで、物語にグイと引き込まれます。

「この手紙は、お母ちゃん書いたんか」
「そうや」
「訳も書かんと、奉公辞めて急に帰って来いってだけ書いたあるから、こうやって帰ってきたんや」
 清兵衛はお糸を見た。
「五年の奉公の約束を、まだ三年しか経ってないのに、並木屋のご主人様が、手紙を見て、よほどのことやろ、はよ帰れと言うてくれたから、飛んできた。何があったんや」」

(『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』P.17より)

家に帰ってみると、左之助が母を亡くして一人となったお絹を家に引き取り、そのために、女房のお糸が寝込んでしまいました。

左之助が放蕩の限りを尽くしたせいで、縮緬問屋は潰れる寸前という状況で、お糸によって清兵衛は店に呼び戻されました。

そして、左之助に代わって、茜屋の三代目の主人になります。

「ええか。もう一遍言うで」
 清兵衛は手元の書き付けを見ながら、言い始めた。
「一、朝は明け六つ前に支度をしておく。一、三度の飯は店で食べること。店が開いている時、主人が許した以外は外での飯は禁ずる。一、客を待たせるようなことはしないこと。一、仕事は互いに代わり合ってやること。一、店が暇だからと言って、くっちゃべったり、どこぞに行ったりしないこと。一、店が終わった後も、外へ行く時は主人の許しを得ること。一、掃除はみながやること。目の前の塵はみなで掃除する」
 長々と清兵衛が読み上げているうちに、みなの顔が引きつっていった。

(『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』P.70より)

清兵衛は店の基礎を築いた先々代の教えをもとに、掃除を励行し規律を正していきます。しかしながら、店には仕入れの金はおろか、今日の米を買う金すらない窮乏状況で、清兵衛は番頭の徳次郎と金策に奔走します。

友人やら知り合いやら、心当たりを回りますが、「すまん、今、ないねん」とみな体よく断られます。
そんなある日、店の前で声をかけられた両替商の三浦屋の主人から、あるものを担保に入れれば金を貸してくれるという申し出を受けます。

「若月と言うのは何ですか」
 昼前で手空きになったのを見計らって、清兵衛は徳次郎に声を掛けた。他の奉公人も奥で昼餉を取っており、清兵衛と徳次郎ふたりだけが帳場の前にいる。
 いきなりの清兵衛の言葉に驚いたように息をのんだ。清兵衛は徳次郎の顔を見つめる。徳次郎の眉間に皺が寄った。
「誰に聞いたんです。まさか、旦那……いや、先代でっしゃろうか」
「ちゃいます」
「ほな、一体……」
「三浦屋さんとさっきばったり出くわしました。で、担保の話になったとき、言いはった。若月が担保なら百貫貸すと」

(『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』P.104より)

若月は先々代が今井宗久様から譲ってもらった信楽焼の名品で、茜屋の家宝です。ところが……。

本書は、「日の本一の大商人になる」ことを夢見て、清兵衛が知恵と情熱で倒産寸前の店をいかに立て直すかがテーマになっている商売繁盛記です。

その起死回生の勝負は苦難の連続で、ハラハラドキドキの連続です。
放蕩三昧な生活を送って、清兵衛や店に迷惑をかけ続ける困り者の父・左之助ですが、とぼけた味と人情味があり、どこか憎めない存在で物語の格好のスパイスとなっています。清兵衛との掛け合いがボケとツッコミのパターンを踏襲していて、ストーリー全編にユーモアを与えてくれます。

また、「鬼も十七、山茶も煮端」という十七歳の、異母妹・お絹の存在も物語に物語に彩りを添えて、面白さを倍加させてくれます。

大阪出身の著者らしい、笑いのツボを押さえた人情時代小説の始まりで、次回作がますます楽しみなりました。

◎書誌データ
『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』
出版:KADOKAWA・角川文庫
著者:誉田龍一

カバーデザイン:坂詰佳苗
カバーイラスト:山本祥子

初版発行:2018年9月25日
760円+税
301ページ

文庫書き下ろし

●目次
一章 帰ってきた清兵衛
二章 商いへの道
三章 清兵衛苦労する

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『日本一の商人 茜屋清兵衛奮闘記』(誉田龍一・角川文庫)