尾張藩御用達の豪農の資料から大名屋敷を解く

安藤優一郎さんの『大名屋敷の謎』を読んだ。

大名屋敷の謎 (集英社新書)

大名屋敷の謎 (集英社新書)

江戸の町の7割の面積を占める武家地。その中で、大名屋敷は拝領屋敷と抱屋敷を合わせて過半を超える。江戸における大名屋敷は、各藩の出先機関で一種の治外法権となっていた。町方はもちろん、幕府も介入できないために、その実態を伝える資料は多くない。大名屋敷の実態についてなかなか見えてこない。

『大名屋敷の謎』は、尾張藩の「下肥(しもごえ)」の汲み取り業を担った豪農中村家に伝わる文書をもとに、経済やリサイクルの面から江戸の大名屋敷の実態を教えてくれる歴史読み物である。安藤さんらしく、現代的で軽快な語り口で、江戸の入門者にもわかりやすい。

「下肥」は人の排泄物(糞尿)で、当時、野菜などを育てる際に肥料として使われていた。江戸市中で汲み取られる下肥が、江戸近郊の農家で育てる野菜の肥料となっていた。下肥を汲み取る側の農民が、大名屋敷をはじめ、幕臣や商家、長屋の大家まで、汲み取り先に対して金銭や野菜を謝礼として払っていた。

そこで、汲み取りにも対しても利権が生じ、一種のビジネスとしてとらえることができる。

本書では、武蔵国豊島郡戸塚村の富裕な農民・甚右衛門(中村家)が、尾張藩の御用達として、汲み取り権を得て、庭園(戸山下屋敷のものはそのスケールから有名)の整備、馬の飼料調達、人足の派遣まで請け負うようになるストーリーが面白い。また、尾張藩相手に、汲み取り料の減額や在庫の干草(馬の飼料)の買い取りの交渉など、やり手の商人のようなしたたかな姿が描かれていて興味深い。

下肥を題材に取り上げた時代小説はなかなか見あたらないが、永井義男さんの『鮮魚師(なまし)』に収録した「天保糞尿伝」が思い出される。

鮮魚師

鮮魚師