少年少女の恋を描き、ドラマチックな江戸へ導く絵師、鈴木春信

「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信―江戸の恋」(千葉市美術館)先週末に、千葉市美術館で開催されている、「ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信―江戸の恋」を見てきました。

鈴木春信は、 明和期(1764~1772)に活躍した浮世絵師です。
本展覧会では、質・量ともに世界最高の春信コレクションを誇るボストン美術館の所蔵品から、選りすぐりの作品を展観します。

千葉市中央区中央3-10-8


展示では、「プロローグ、第1章 錦絵の誕生」から始まり、古典の物語や故事、和歌を題材に、江戸の今の光景に置き換えた見立絵、やつし絵と呼ばれる作品を紹介する「第2章 隠された主題」、男女の恋を描く「第3章」、日常の幸福を描く「第4章」、笠森お仙ら「評判娘と錦絵の大衆化」をテーマにした「第5章」、そして「エピローグ 時代の寵児」で構成されています。

これだけ多くの春信の作品をまとめて展示される機会は少ないうえに、高級な奉書紙を使用されていて保存状態も良好で、春信ワールドを堪能できました。

別冊太陽 恋をいろどる浮世絵師 鈴木春信 決定版その余韻を家でも楽しみたくて、ミュージアムショップで、『別冊太陽 恋をいろどる浮世絵師 鈴木春信 決定版』もゲットしました。

鈴木春信が登場する小説としては、諸田玲子さんの平賀源内の半生を描いた『恋ぐるい』が思い出されます。
春信は神田白壁町や両国米沢町に住み、近所に住む源内と交遊をもっていました。

山内美樹子さんの『十六夜華泥棒 鍵屋お仙見立絵解き』にも登場します。笠森稲荷境内にある水茶屋鍵屋の看板娘お仙が探偵役をつとめる、キュートな捕物小説です。

また、高橋克彦さんの浮世絵殺人事件シリーズには『春信殺人事件』があります。

時代小説の表紙装画にも使用されることがあり、海野弘さんの『江戸ふしぎ草子』では、名作の「清水の舞台より飛ぶ美人」がモチーフとなっています。

■Amazon.co.jp
『鈴木春信 決定版: 恋をいろどる浮世絵師』(「別冊太陽 日本のこころ 253」・平凡社)
『恋ぐるい』Kindle版(諸田玲子・新潮文庫)
『十六夜華泥棒 鍵屋お仙見立絵解き』Kindle版(山内美樹子・光文社文庫)
『春信殺人事件』Kindle版(高橋克彦・角川文庫)
『江戸ふしぎ草子』(海野弘・河出書房新社)


⇒ボストン美術館浮世絵名品展 鈴木春信

イケメン与力の「本所の上さま」が巨悪を懲らしめる!

隼人始末剣 最強の本所方与力誉田龍一(ほんだりゅういち)さんの文庫書き下ろし時代小説、『隼人始末剣 最強の本所方与力』がコスミック・時代文庫から刊行されました。

万治三年(1660年)から貞享二年(1685年)、元禄六年(1693年)から享保四年(1719)の間、大川以東の本所の民政・道路・橋・水路などを管理するために、本所奉行(ほんじょぶぎょう)が置かれていました。

その後、一般行政や住民に請負わせていた事業の管理は町奉行に設置された「本所方」(与力1名・同心2名)に移管され、道路・橋・水路の管理は勘定奉行に移管されて、本所奉行は廃止されました。

本書は、その本所方与力を主人公にした、文庫書き下ろし時代小説です。

本所方与力――大川以東の区域を取り締まる役目の与力であったが、かつてこの地を治めた本所奉行の代わりに置かれていた。よって屋敷を置く大名家ではいざという時に備え、奉行並の威信がある与力に袖の下を渡す者も多かった。そして今、この職に就いているのが上村隼人(うえむらはやと)である。
彼は庶民の暮らしを第一に考え、貰った紙包みは救い小屋に渡し、また公明正大で、大名家も畏れる存在であった。人びとは、その名をとって「上さま」と呼び、殿様よりも偉い上様(将軍)になぞらえたのだ。
そんな本所の上さまの耳に、炭の値が高騰しているという報せが入る。その陰には、とある藩の野心が蠢いていて……。


主人公の上村隼人は、颯爽と登場します。

 年の頃は三十前、ひとりの若い男がゆっくり歩いてきて、鉄扇を拾った。 こちらは着流しではなく、きちんと袴を着けている。
 しかし腰には紫房の十手がささっている。
 顔つきは、まるで役者かと見まがうような色白で彫りが深い。
 上背もあり、体つきは細く見えるが、ちらっと見えた腕は丸太のように太かった。
(『隼人始末剣 最強の本所方与力』P.15より)


イケメンの上に、津田助広二尺三寸五分の愛刀を手に剣の腕も冴え、知恵と行動力も兼ね備えた、本所の「上さま」の登場です。
庶民の味方として、大名家も絡む巨悪を懲らしめます。古き良き時代劇ヒーローぶりと肩の凝らない捕物ストーリーが楽しめます。

配下の同心、中野正三郎、五十嵐貴昌とのチームワーク、上司である南町奉行の大岡越前守忠相とのやり取り、本所方の詰所代わりに使っている船宿の女将・お雪との微妙な関係など、隼人を取り巻く人びとも描かれていて居心地のよい小説に仕上がっています。

「上さま」的なキャラクターを逆手にとって、やや強引で横紙破りスレスレの手法で事件を解決していくのが何とも快感です。
日常の憂さを忘れてスカッとしたい人におすすめの新シリーズです。

■Amazon.co.jp
『隼人始末剣 最強の本所方与力』


読みたい時代小説が絶対見つかる!至福のブックガイド

歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド書評家の、大矢博子さんの『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』が文春文庫より刊行されました。

傑作や名作時代小説を100作品選んで紹介するガイドブックは、これまでにも刊行されてきましたが、1冊(約300ページ)でここまで多くの作品を紹介しているものは初めて。

本書で紹介している作家は176人、取り上げた歴史・時代小説はなんと488作!
あの名作もこの傑作も取り上げてくれています。

このガイドは一冊一冊の作品については深掘りはしません。
しかし、取り上げている作品数が尋常な数ではないので、面白本へのヒット率が高いです。
自分が読んだ小説の面白さに共感したり。あの本は読んだが、同じテーマのこっちの本は読んでいなかったと気づかせてくれて、読み逃していた面白本を発見したり。ファンには至福の時が過ごせるブックガイドです。

 これだけ歴史・時代小説が溢れていると、もういったいどれから手をつければいいのやら。せっかく多くの小説が出ているのですから、どうせなら楽しみたい。楽しむためには最初の一冊との出会いが大事なのはもちろんですが、実はそれより大事なことがあります。「次の一冊」との出会いです。
(『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』P.8「はじめに」より)


本書の魅力は、多くの傑作時代小説を取り上げているばかりではありません。

「栗のままの姿見せるのよ ~和菓子を味わう職人小説」「豆は夜更け過ぎに餅へと変わるだろう ~旧暦新暦大混乱」「YOUは何しに関ヶ原へ? ~小早川秀秋の裏切り」など。
各章にはシャレが利いたタイトルが付いていて、TVの前で好き勝手なことを言っているような語り口は何とも楽しく、ウンウンとうなずいたり、思わずニヤリとしたり、激しく共感できます。

このブックガイドの最大の特長は、「読みくらべ」です。
一つのテーマで、複数の小説を紹介し、読みくらべていきます。
この方法なら、一冊の本から次の一冊に芋づる式に読みたい本が見つかります。

たとえば、「三国な戦士のテーゼ ~『三国志』冒頭読み比べ」の章では、吉川英治『三国志』を基本テキストに、ハードボイルドな北方謙三『三国志』と史実重視の宮城谷昌光『三国志』、解説が親切な陳舜臣『秘本三国志』を比べていきます。
全巻読むのは大変ですが、それぞれ1巻目の特長を紹介することで、自分がどれから読み始めたらよいかわかります。

黄巾の乱の鎮圧で活躍した劉備が地方の警察署長となったときのエピソードの同じ場面を読み比べる試みも楽しいです。

誰もが挙げる名作や文学賞受賞作、ベスト10作品ばかりでなく、隠れた傑作も数多く登場します。
「次の一冊」との素敵な出会いを期待する方におすすめのガイドブックです。

文藝春秋「本の話WEB」に、2014年10月から2016年12月まで連載した原稿を、ほぼ別物となるぐらいに大幅に加筆・再構成したものです。
(「本の話WEB」は2017年1月25日をもって「文春オンライン」になりました)

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『歴史・時代小説 縦横無尽の読みくらべガイド』

『三国志 (1)』(吉川英治・吉川英治歴史時代文庫)
『三国志 (1の巻)』(北方謙三・ハルキ文庫)
『三国志〈第1巻〉』(宮城谷昌光・文春文庫)
『秘本三国志〈1〉』Kindle版(陳舜臣・文春文庫)


「2017年10月の新刊 中」をアップ

雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖2017年10月1日から10月10日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2017年10月の新刊 中」を掲載しました。

光文社時代小説文庫から、知野みさきさんの『雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖』が刊行されます。『落ちぬ椿』『舞う百日紅』に続く、シリーズ第3弾です。

新作が待ち遠しいシリーズのひとつ。仕事にも恋にも一途な女職人・律の成長を見守っていきたいと思います。
冬を先取りした、チユキクレアさんのカバーイラストも素敵です。


■Amazon.co.jp
『落ちぬ椿 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・時代小説文庫)
『舞う百日紅 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・時代小説文庫)
『雪華燃ゆ 上絵師 律の似面絵帖』(知野みさき・時代小説文庫)

→2017年10月の新刊 中

京・伏見にて、龍馬の定宿・寺田屋を訪ねる

新装版 竜馬がゆく (3)先日、京都を旅行した際に、伏見を訪れました。
伏見といえば、SNS映えしパワースポットでもあることから、伏見稲荷大社が観光スポットとして大人気ですが、今回は、あえて伏見稲荷大社を外して、時代小説ゆかりの歴史スポットを巡ってきました。
その一つが寺田屋です。

司馬遼太郎さんの『竜馬がゆく』では、「寺田屋騒動」の章で、寺田屋を以下のように紹介しています。

 京街道。
 竹田街道。
 京から伏見へのこの二すじの街道を、奈良原喜八郎ら九人の薩摩藩士が「討手」として、ふた手にわかれて、走っていた。
 かれらが、寺田屋についたのは、午後十時すぎであった。
 軒行燈の灯はまだ消されず、
 ――旅籠寺田屋  とほのかに、文字を闇に浮きだしている。
 寺田屋は、二階だてである。
 京風に、壁に紅殻などがぬられているが、二階は手すりがあるだけで、京の旅館によくある格子は用いられていない。現今もなお、ほぼ旧観をとどめて営業をつづけているから、興味のある読者は一泊されるがよかろう。
(『新装版 竜馬がゆく (3)』より)



京都市伏見区南浜町263


物語では、寺田屋騒動の翌日、竜馬が寺田屋を訪ねています。

なお、「京都観光Navi」によると、「寺田屋は、鳥羽伏見の戦(1868年)に罹災し、焼失した。現在の建物はその後再建されたものである」そうです。

伏見の名が歴史上注目されるのは、戦国時代の終り。文禄元年(1592)に豊臣秀吉がこの地に伏見城を築きました。

秀吉の没後、関ヶ原の戦いの前に、伏見城は石田三成によって落城します。
伏見城落城を描いた時代小説には、安部龍太郎さんの『佐和山炎上』(『忠直卿御座船』を改題した短編集)に収録された「伏見城恋歌」があります。

戦いの後、修築された伏見城で、徳川家康は征夷大将軍となっています。
三代将軍家光まで、約二十年間、伏見は徳川家の城下町として栄えます。

なぜ、秀吉や家康は伏見城を政治の中心に据えたのでしょうか?

御香宮神社宮司の三木善則さんは、ガイドブック『歴史でめぐる 伏見の旅』のはじめに以下のような文を寄せられています。

 伏見を知るうえで欠かせないのは、この町が、かつて「港湾都市」だったという視点ではないだろうか。現代の私たちからすれば港といえば海辺にあるものと思いがちだが、移動と運輸の主が船だった時代には、水運の要衝は政治・経済・軍事の面から重視された。伏見は内陸の地にあって、太古より巨椋池が広がっており、宇治川・桂川・木津川はこの池と称する大きな湖に流れ注いでいたたため、大陸の文化や技術もこの天然の水路を使って伝えられ、やがては平安京と日本各地、また異国を淀川水運で結ぶ「都との玄関口」としての役割を担うようになった。
(『歴史でめぐる 伏見の旅』より)


三栖閘門から宇治川を望む移動と運輸が船に頼っていた時代、水運の要衝は政治、経済、軍事の面から重視されていました。

南浜町の月桂冠大倉記念館裏乗船場で、宇治川派流や濠川を回る十石舟に乗り、淀川水運の歩みを知ることができる、「三栖閘門(みすこうもん)」資料館を見学しました。
(その後、月桂冠大倉記念館と黄桜記念館で利き酒もして、伏見を満喫しました)

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『新装版 竜馬がゆく (3)』(司馬遼太郎・文春文庫)
『佐和山炎上』(安部龍太郎・角川文庫)
『歴史でめぐる 伏見の旅』(「THE 伏見」編集部編・淡交社)

京都観光Navi|寺田屋