文庫解説でおなじみ、文芸評論家の井家上隆幸さん、死去

傭兵ピエール(下)文芸評論家の井家上隆幸(いけがみたかゆき)さんが、1月15日、肺炎で死去されました。84歳でした。

井家上さんは、三一書房などの編集者を経てフリーライターとなり、文芸評論家として活躍されていました。

とくに冒険小説評論の最前線にいて、1983年の日本冒険作家クラブの発足にも参画されています。早川書房から刊行された『20世紀冒険小説読本』の(日本篇)と(海外篇)は、冒険小説ファンのバイブルで、胸をときめかせながら読んだのを思い出しました。

近年は時代小説の書評や、『蝦夷地別件』(船戸与一・新潮文庫)、『彷徨える帝』(安部龍太郎・新潮文庫)、『忠臣蔵心中』(火坂雅志・講談社文庫)、『ジャガーになった男』(佐藤賢一・集英社文庫)、『傭兵ピエール』(佐藤賢一・集英社文庫)などの文庫解説を執筆されていました。

ときにはジャーナリスティックに、ときにはセンチメンタルな、切れ味鋭い文章に惹かれていました。
十年くらい前にお会いする機会があり、当時の時代小説界のお話を伺ったことが懐かしく思い出されます。
謹んでご冥福をお祈りします。

■Amazon.co.jp
『20世紀冒険小説読本 日本篇』(早川書房)
『20世紀冒険小説読本 海外篇』(早川書房)
『ジャガーになった男』(佐藤賢一・集英社文庫)
『傭兵ピエール(下)』(佐藤賢一・集英社文庫)

→文芸評論家の井家上隆幸さん死去、84歳|朝日新聞DIGITAL


寄席を運営する若夫婦の笑いあり涙ありの、落語時代小説

寄席品川清州亭遠山景布子(とおやまきょうこ)さんの文庫書き下ろし時代小説、『寄席品川清州亭』が集英社文庫から刊行されました。

時は幕末、ペリー来航の直後の品川宿。落語好きが高じて寄席の開業を思い立った大工の棟梁・秀八。腕はいいが、けんかっ早い。駆け落ちして一緒になったおえいは団子屋を切り盛りするいい女房だ。芸人の確保に苦労するがも、寄席の建物は順調に出来上がってきた。そんな中、突然お城の公方さまが……。


物語は、浦賀にペリーが来航したばかり、お台場建造景気に沸く、品川宿を舞台にしています。待望の寄席のこけら落としのその日に事件が起こります。

「おおい、棟梁、たいへんだ」
「おや、幸兵衛さん」
――なんだよ、手ぶらか。大家のくせに。
「棟梁。だめだよ、寄席は。ほれ、そこの大神楽、やめるんだ。三味線も」
「何言ってんですか。今日こけら落としなんですから」
「だから、だめなんだよ」
「なにがだめなんです。全部そろってるってのに」
「そろってようが、抜けてようが、とにかくだめだ。御停止だよ。ご、ちょ、う、じ」
「ごちょうじ?」
「公方さま、お江戸のお城の将軍さまがお亡くなりになったんだ。お達しが来たよ。高札も立ってる。今日から五十日の間は、歌舞音曲はご禁制。芝居も寄席も開いちゃいけないんだよ」
 ――え……。
(『寄席品川清州亭』「第一話 寄席はいつ開く?」P.91より)


落語の一語りのような描写ですが、将軍家慶の死により、寄席のこけら落としは延期となり、棟梁の秀八は苦境に陥ります。災い転じて福となせるか、物語の先行きが気になります。

「ところで、この寄席の屋号は、どんなご由緒がおありですか」
「ごゆいしょ? ってぇますと」
――どうもお武家さんの言葉は難しくっていけねえ。

(中略)

「秀吉が一夜城を造った場所は、清洲ってんでしょう。そこから取りやした」
(『寄席品川清州亭』「第一話 寄席はいつ開く?」P.109より)


寺子屋の先生から、秀八は寄席の屋号の命名理由を聞かれて、講釈の「太閤記」から取ったと答えています。
秀吉が一晩で城を築いたというくだりが、大工の自分にとって妙にうきうきするということから、「清洲」と名付けました。

先生は、「秀吉が一夜城を築いたのは、墨俣というところ」と秀八の勘違いを正します。そして、「清洲はもともと織田信長の本拠地でもあり、現在の尾張徳川家の礎となったところえもある。由緒ただしいところ」と慰めています。

やり取りが落語っぽくて人情味を感じられて好きなシーンの一つです。

さて、落語の主人公のような大工の秀八としっかり者の女房おえいを中心に、物語は展開します。品川の遊女と心中未遂を起こした、噺家の名跡の息子で二つ目の、九尾亭木霊をはじめとした、曲者ぞろいの芸人たちが興趣を盛り上げていきます。

落語は全くの門外漢な私ですが十分に堪能できました。江戸落語の世界に興味が持てました。

著者の奥山景布子さんは、1966年愛知県生まれで、2007年に「平家蟹異聞」(『源平六花撰』に収録)で第87回オール讀物新人賞を受賞し、『時平の桜、菅公の梅』『太閤の能楽師』などの著作がある、新進時代小説家です。

落語をテーマにした時代小説では、三笑亭可楽ら幕末から維新にかけての落語家を描いた、杉本章子さんの『爆弾可楽』が思い出されます。

また、野口卓さんの『ご隠居さん』では、人生で大切なことは寄席で学んだという主人公が登場します。

とはいえ、落語の世界が楽しめる時代小説は少ないので、本書がシリーズ化されることを願っています。

■Amazon.co.jp
『寄席品川清州亭』(奥山景布子・集英社文庫)
『源平六花撰』Kindle版(奥山景布子・集英社文庫)
『時平の桜、菅公の梅』(奥山景布子・中公文庫)
『太閤の能楽師』(奥山景布子・中央公論新社)

『爆弾可楽』(杉本章子・文春文庫)
『ご隠居さん』(野口卓・集英社文庫)


「2018年1月の新刊 中」をアップ

天下 家康伝 上2018年1月11日から1月20日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2018年1月の新刊 中」を掲載しました。

今回注目しているのが、光文社文庫。
上田秀人さんの『旅発 聡四郎巡検譚』が楽しみです。著者の新シリーズがスタートします。

将軍徳川吉宗の大奥改革もとりあえず一幕が終わり、竹姫付きの御広敷用人の任を解かれた旗本・水城聡四郎。寄合となり、静かな毎日を送っていたが、主要街道を見て回る「道中奉行副役」に命じられ、まずは東海道へ…。


主人公は、これまでの「勘定吟味役異聞」「御広敷用人大奥記録」シリーズと同じ水城聡四郎です。

前シリーズで、吉宗の想い人である竹姫付きの用人を解かれた聡四郎が、今度は、主要街道を見て回る「道中奉行副役」を命じられます。自らの剣の修行を兼ねて全国を行脚する聡四郎の前に、あらたな敵が登場します。

江戸を離れて東海道を旅して活躍し、しかもチャンバラシーンも多くなりそうで、ワクワクします。

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『旅発 聡四郎巡検譚』(上田秀人・光文社文庫)
『女の陥穽 御広敷用人大奥記録』(上田秀人・光文社文庫)
『破斬 勘定吟味役異聞』(上田秀人・光文社文庫)

→2018年1月の新刊 中



2017年の文庫書き下ろし時代小説ベスト10を発表

「時代小説SHOW」の2017年時代小説ベスト10の【文庫書き下ろし部門】を発表しました。

火喰鳥 羽州ぼろ鳶組【文庫書き下ろし部門】のベスト10の第1位は、今村翔吾さんの「羽州ぼろ鳶組」シリーズです。

臨場感豊かで迫力満点の火消シーン、羽州ぼろ鳶組の頭の松永源吾をはじめとする個性派ぞろいの火消組の面々が繰り広げる人情劇、スリリングなストーリー展開、いずれも新人離れした一級品です。火消小説という手垢が付いていない時代小説のジャンルを開拓しました。

7位から10位は、以下の通りです。

7位 「風の市兵衛」シリーズ 辻堂魁 祥伝社・祥伝社文庫
8位 「影の火盗犯科帳」シリーズ 鳴神響一 角川春樹事務所・ハルキ文庫
9位 『もののふ戦記―小者・半助の戦い』 長谷川卓 角川春樹事務所・ハルキ文庫
10位 『見破り同心 天霧三之助』 誉田龍一 徳間書店・徳間文庫

です。

2位~6位が気になる方は→こちらをどうぞ。

明治維新は「建武の新政」の二の舞になるところだった!?

「絶体絶命」の明治維新歴史家の安藤優一郎さんの文庫書き下ろし、『「絶体絶命」の明治維新』がPHP文庫より刊行されました。

今年、平成三十年(2018)は、明治維新百五十年の節目に当たる年です。
本書は、前著の『「幕末維新」の不都合な真実』の続編として、薩摩藩・長州藩により樹立された明治政府が覆い隠してきた不都合な真実、歴史の教科書では記述されないもう一つの明治維新史に迫る歴史読み物です。

混迷を深めた幕末とは対照的に、明治維新後の日本は「富国強兵」「文明開化」で目覚ましい発展を遂げたとされるが、本当だろうか?
本書は、維新の立役者である西郷隆盛の動きに注目しながら、首都の大混乱、経済不況、繰り返される薩長の暗闘など、討幕直後から崩壊の危機に晒され続けた明治政府の“不都合な真実”を描き出す。
近代化の光に覆い隠された「本当の維新史」とは?


明治維新を達成した薩摩・長州藩は勝つべくして勝ち、幕末の混迷を招いた徳川方は負けるべくして負けたという「予定調和のストーリー」に対して、著者は疑問を投げかけて、維新後の明治政府の実態に目を向ける必要があるといいます。

明治政府は、薩摩・長州藩による政局の主導権争い、租税などの負担増により各地で起きた農民たちの一揆、急激な社会制度の変化などにより、戊辰戦争直後から瓦解の危機に絶えず晒されていたといいます。

最大の危機となる西南戦争に勝利するまで、政府は薄氷を踏む危険な政府運営を強いられていましたが、そうした実情が教科書で記されることはありません。明治維新の“不都合な真実”だったからです。

本書の構成は以下の通りです。

第一章 西郷隆盛も嘆いた「新政府の腐敗」――首都東京の混乱
第二章 「人材不足」に悩む薩摩・長州藩――旧幕臣の引き抜き
第三章 繰り返される「薩摩藩vs.長州藩」の暗闘――他藩の巻き返し
第四章 西郷隆盛率いる「留守政府」の大混乱――政府大分裂の兆し
第五章 薩摩・長州藩からの「反政府運動」――西南戦争と萩の乱
終章 「江戸ブーム」の到来と幕臣たち――東京開市三百年祭の開催


近代化の光の陰で覆い隠されてきた「明治政府の不都合な真実」が次々と明らかになっていき、「討幕を実現して天皇中心の国家を樹立した明治政府は、危うく建武の新政の二の舞を演じかねなかった。歴史が繰り返られるところだった」という著者の指摘も、奇を衒った大げさなものではないように思われました。

そして、こうした危機を乗り越えて政治基盤を固められたことこそが、本当の意味での明治政府の勝利なのでしょう。


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『「幕末維新」の不都合な真実』(安藤優一郎・PHP文庫)
『「絶体絶命」の明治維新』(安藤優一郎・PHP文庫)