明かされる“風の市兵衛”のルーツ。シーズン2へ突入

暁天の志 風の市兵衛 弐辻堂魁さんの大人気シリーズ「風の市兵衛」の最新刊、『暁天の志 風の市兵衛 弐』が祥伝社文庫から刊行されました。

算盤の腕を買われ神田青物市場に職を得た唐木市兵衛は、高熱の童女を助けたことから浪人親子と親しくなる。
そんな折、吉野山金峯山寺から修験者が市兵衛を訪ねてきた。祖父・忠左衛門に縁をもち、市兵衛も知らない出自を明かすという。逡巡の末、市兵衛は急遽、吉野へ。
一方、江戸では一刀のもとに首を刎ねる連続強盗が発生。だが、犯行の手がかりは掴めず……。


サブタイトルに「風の市兵衛 弐」と付いているように、本作品で物語は新展開を見せます。TVドラマでいうところの、「シーズン2」に突入します。
なお、『暁天の志』の「暁(ぎょう)」は、「曉」の字が使われています。

物語は、算盤の腕を買われて、市兵衛が派遣された先は、神田青物市場の《御納屋(おなや)》になります。神田青物市場の様子が詳細に描かれていて興味深いです。

 御納屋は、江戸城の御膳所御賄所の御用を承る役所である。
 ただし、御納屋に幕府の役人は出張せず、多町、永富町、連雀町の青物三カ町の青物問屋組合を中心にした商人九十四人が、三年交替の三人ずつで、朝から夕七つまで御納屋につめて御用にあたり、配下に書役二人、青物の洗い方五人、乾物撰り方五人、さらに、ご城内へ運送する三十人の人足を雇い入れていた。
 
(『暁天の志 風の市兵衛 弐』P.27より)


さて、我々読者は、市兵衛について、十三歳のとき、父・片岡賢斎が亡くなったとき、祖父・唐木忠左衛門の手により元服して、片岡才蔵から唐木市兵衛に名を変えて、上方へ上り、奈良の興福寺の門を叩いて、剣の修行に明け暮れたことを知っています。

ところが、なぜ、少年のうちに家を出なければならなかったのか、修行先が興福寺なのか、また、幼い頃に亡くなったという市兵衛の母・市枝はどんな人だったのか、伏線として物語に触れられながらも、これまで語られることがなかった市兵衛の出自や生い立ち。

本編では、吉野山金峯山寺からやってきた修験者・猿浄によって、唐木忠左衛門の妻(市兵衛の祖母)が、吉野出身の梢花という名であることなど、市兵衛のルーツが明らかにされていきます。

猿浄の話に驚愕する市兵衛は、職を辞めて吉野行きを決心します。



一方、市兵衛は、御納屋で書役の先輩・照助に連れられて行った、青物新道の酒亭《蛤屋》で、客としてやってきた浪人者・信夫平八とその幼い息子小弥太、娘織江に興味を持ちます。

市兵衛は仕事帰りに、医者を呼びに出た小弥太と出会い、織江が高熱を発して起きられないことを知り、信夫親子に関わっていきます。
何の打算のない、市兵衛の無償の優しさに癒されます。

捕物では、一刀のもとに首を刎ねる連続強盗の下手人を追います。
探索するのは、《鬼しぶ》の渋井鬼三次と岡っ引の助弥ではなく、南町奉行所臨時廻り同心の宍戸梅吉と老齢な岡っ引の文六があたります。
文六の元で、渋井の別れた女房の息子・良一郎が手先として修行しています。

「そうですか。わかりました。そうそう、これも良一郎から聞きました。唐木さんは、風の市兵衛と言うんですってね。なるほどね。風は見えねえが、確かに吹く。優しかったり、寂しかったり、悲しかったり、ときには怒り狂い、恐ろしいほどに強かったりしてね。そんな風に敵うやつはいねえ。それをあの人から聞いたって、良一郎が言ってましたよ」
「文六親分、強さが輝けば影ができます。風は輝きを求めません。だから影もなく、誰も敵わないのでしょうね。人は風になれませんが」
 
(『暁天の志 風の市兵衛 弐』P.229より)


さて、『暁天の志』は、市兵衛をさらに詳しく知る機会を与えてくれたばかりか、新しい登場人物を加えて、新展開の幕開きのふさわしい作品として仕上がっています。
市兵衛の今後の活躍ぶりがますます楽しみになってきました。

◎書誌データ
『暁天の志 風の市兵衛 弐』
著者:辻堂魁
祥伝社・祥伝社文庫
初版第1刷:2018年2月20日
ISBN978-4-396-34392-7
本体660円+税

カバーデザイン:芦澤泰偉
カバーイラスト:卯月みゆき
322ページ

●目次
序章 大峰奥駈
第一章 神田青物市場
第二章 俎板橋
第三章 まほろば
終章 父と子

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『暁天の志 風の市兵衛 弐』(辻堂魁・祥伝社文庫)



津田助広二尺三寸五分を手に凄腕与力が、本所深川を守る

隼人始末剣 最強の本所方与力 大岡暗殺誉田龍一(ほんだりゅういち)さんの『隼人始末剣 最強の本所方与力 大岡暗殺』がコスミック・時代文庫から刊行されました。

本所方与力、上村隼人は、大名屋敷も多い本所や深川を取り仕切る、この地域の事実上の実力者で、ここでは将軍さまのような存在であった。それゆえ、人々はその苗字を重ね合わせて「上さま」と呼んで親しんでいた。
そんな上さまは、時の南町奉行で上役の大岡越前守とも昵懇の仲。型破りな捜索で必ず下手人を挙げる隼人の手腕を、大岡は大いに買ってくれたのだ。
その信頼する大岡が討たれた。との報せが入った。現場に駆け付ける隼人は、そこで驚愕の光景を目にする。果たして大物奉行を狙った黒幕とは……!?


『隼人始末剣 最強の本所方与力』に続く、第2巻。本シリーズの主人公は、“本所の上さま”と呼ばれる、南町奉行所本所方与力の上村隼人(うえむらはやと)です。

本所にはかつて本所奉行が置かれていましたが、正徳三年(1713年)に廃止されて、町奉行所の下に「本所方」(与力1名、同心2名)が置かれました。

隼人の下には、五十嵐貴昌と中野正三郎の二人の同心が付けられて、本所・深川一帯を取り仕切る岡っ引き、赤裏の勘太とともに下手人の探索を行います。

本書の魅力は、深川佐賀町の船宿「鹿屋」に入り浸って、二人の部下と岡っ引きとともに型破りな探索を続け、津田助広二尺三寸五分を抜いて悪を斬り、難解な事件の謎を鮮やかに解決する隼人の活躍ぶりです。

「ま、町方が旗本を捕縛はできないはずだ……」
「やかましいや」
 隼人が啖呵を切った。
「寝言は寝て言いやがれ」
 隼人は一歩踏み出した。
「てめぇらのような鬼畜を大掃除するのに、町方も権限もヘチマもねぇ」
 隼人は十手をかざした。
「この本所の上さまが、退治してやらあ」
(『隼人始末剣 最強の本所方与力 大岡暗殺』P.93より)


その口舌も何とも痛快で、コスミック・時代文庫らしい明朗快活な時代小説です。
馴染みの関係である「鹿屋」の女将・お雪との関係とともに、隼人のさらなる活躍ぶりが気になるシリーズです。

◎書誌データ
『隼人始末剣 最強の本所方与力 大岡暗殺』
著者:誉田龍一
コスミック出版・コスミック・時代文庫
第1版第1刷:2018年2月25日
ISBN978-4-7747-1406-6

カバーイラスト:渡邉文也
266ページ

●目次
第一話 消えた三万両
第二話 濡れ衣を晴らせ
第三話 大岡暗殺

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『隼人始末剣 最強の本所方与力 大岡暗殺』(誉田龍一・コスミック・時代文庫)



「2018年2月の新刊 下」をアップ

焔の剣士 幕末蒼雲録2018年2月21日から2月28日の間に、文庫で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2018年2月の新刊 下」を掲載しました。

今回取り上げるのが、角川文庫です。

新美健さんの『焔の剣士 幕末蒼雲録』は、狂瀾怒涛の幕末に、京都島原遊郭に育ち、生まれながらに人を斬る術を身に付けた美少年・椿が活躍する『幕末蒼雲録』シリーズの第2弾です。

激動の幕末。南朝の皇子との噂がある美貌の剣鬼・椿は、新撰組や西郷吉之助から、倒幕の駒として狙われていた。そんな中、椿の元に遊女志望の女、早咲がやってくる。彼女は色気もなく芸事もできないが、抜群の剣の腕を持っていた。一方、“人斬り”の河上彦斎は、長州兵を攻め込ませるため二条城を燃やそうとしていた。椿と早咲はそれを阻止するため、現地へ向かう……。


「峰隆一郎の遺伝子を継ぐ幕末剣鬼伝、シリーズ第2弾!」というキャッチコピーに惹かれました。
峰さんは、「人斬り弥介」シリーズ、「柳生十兵衛」シリーズなどを持つ、ハードボイルドタッチの時代小説の作家です(隆慶一郎さんと間違えて本を買ってしまったことがあります)。

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『幕末蒼雲録』(新美健・角川文庫)
『焔の剣士 幕末蒼雲録』(新美健・角川文庫)
『人斬り弥介 その一』(峰隆一郎・集英社文庫・Kindle版)

→2018年2月の新刊 下




『文蔵 2018.3』の特集は、やる気が湧き出る「ビジネス小説」

『文蔵 2018.3』『文蔵 2018.3』(PHP研究所・PHP文芸文庫)の特集は、不景気も不祥事も吹き飛ばそう! やる気が湧き出る「ビジネス小説」 です。

 本特集では、経済社会の情勢とビジネス小説の変遷を追いつつ、いま読むべき、やる気が湧き出るビジネス・経済小説を紹介する。
(『文蔵 2018.3』P.5 特集 やる気が湧き出る「ビジネス小説」より)


今回の特集は、『検察側の罪人』などで知られ、3月にビジネス小説を発表される雫井脩介さんへのインタビューのほか、書評家の大矢博子さんが、「いつの時代にも、働く人の心に火をつけ、励みとなる」、ビジネス小説をガイドします。

佐藤雅美さんの『調所笑左衛門 薩摩藩経済官僚』(品切れ中だが、「西郷どん」を機に復刊してほしいです)など、歴史小説や評伝小説も取り上げています。

追悼企画「葉室麟の世界」も気になります。
作家の澤田瞳子さんが追悼文を寄せ、文芸評論家の細谷正充さんが主要作品を紹介して、その光跡を振り返ります。

『文蔵』誌では、不平等条約改正のために命を懸けた陸奥宗光を主人公にした「暁天の星」を連載中で、未完のままとなりました。
これまで平安から江戸までを作品に描いてきた葉室さんが、満を持して近代明治に取り組んだ作品だっただけに、その早すぎる死が残念でなりません。

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『文蔵 2018.3』(PHP文芸文庫)
『調所笑左衛門 薩摩藩経済官僚』(佐藤雅美・学陽人物文庫)


⇒『文蔵』ホームページ

近代日本資本主義の父、渋沢栄一を学びに、渋沢史料館へ

渋沢史料館先日、東京都北区の飛鳥山公園内にある、渋沢史料館を訪れました。

渋沢史料館は、近代日本経済社会の基礎を築いた渋沢栄一の思想と行動を顕彰するために、1982(昭和57)年、渋沢栄一の旧邸跡(現在東京都北区飛鳥山公園の一部)に設立された博物館施設です。

渋沢栄一は、約500社にのぼる株式会社、銀行などを設立、経済指導に尽力し、民間経済外交、社会公共事業に取り組み、近代日本の経済社会の基礎を作った経済人です。

東京都北区西ヶ原2-16-1


常設展示では、パリ万博の幕府施設団の一員として渡仏して、ヨーロッパ文明に触れた幕臣時代、維新政府の大蔵省時代、第一国立銀行設立など実業界での華々しい事績が紹介されています。その一方で、養育院などで社会・公共事業を推進したり、民間外交を担ったりと、経済人にとどまらない幅広い活躍ぶりを知ることができます。

渋沢史料館のほか、旧渋沢庭園内にある国指定重要文化財となっている、書庫の青淵文庫(せいえんぶんこ)と洋風茶室の晩香盧(ばんこうろ)の見学ができます。別邸や茶室など他の建物は焼失したそうです。

栄一は、天保十一(1840)年に武蔵国血洗島村(現在の埼玉県深谷市)に生まれて、家業である藍の商売と農業を手伝うかたわら、尊王攘夷の思想に傾倒します。そして、縁あって、一橋慶喜の家臣となります。

幕末から明治にかけて、栄一の半生は、城山三郎さんの小説『雄気堂々(上・下)』で、ドラマチックに描かれています。

なお、栄一の妻千代の兄、尾高新五郎(惇忠)は、富岡製糸場の初代場長を務め、植松三十里さんの『繭と絆 富岡製糸場ものがたり』に、幕末の栄一らのエピソードとともに描かれています。

渋沢栄一記念館は、出身地の埼玉県深谷市にあります。こちらも一度は訪れたいと思います。

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『雄気堂々 上』(城山三郎・新潮文庫)
『雄気堂々 下』(城山三郎・新潮文庫)
『徳川慶喜と渋沢栄一―最後の将軍に仕えた最後の幕臣』(安藤優一郎・日本経済新聞出版社)
『繭と絆 富岡製糸場ものがたり』(植松三十里・文藝春秋)


⇒渋沢史料館
⇒渋沢栄一記念館|渋沢栄一デジタルミュージアム(深谷市)