『往来絵巻 貸本屋おせん』|高瀬乃一|文藝春秋
2025年5月1日から5月末日の間に、単行本(ソフトカバー含む)で刊行される時代小説の新刊情報リスト「2025年5月の新刊(単行本)」を公開しました。
今月の注目作は、高瀬乃一(たかせ・のいち)さんによる、文化年間の江戸・浅草を舞台に、女手ひとつで貸本屋を営むおせんを主人公に描いた時代小説『往来絵巻 貸本屋おせん』(文藝春秋)です。
著者について
高瀬乃一さんは、2020年に、貸本屋のおせんを主人公にした短編「をりをり よみ耽り」で第100回オール讀物新人賞を受賞。2022年には、受賞作を含む連作5編を収録した『貸本屋おせん』でデビューされました。さらに、翌2023年には同作で第12回日本歴史時代作家協会賞新人賞を受賞しています。
その後も、修験者が語る不思議な鐘をめぐる奇譚『無間の鐘』、深川の長屋に暮らす嫁と義父の人情物語『春のとなり』、幕末を生きる青年を描いた『梅の実るまで 茅野淳之介幕末日乗』など、意欲的な作品を次々と発表。毎作異なる題材に挑みながら、見事に作品世界を築き上げており、その豊かな才能と卓越したストーリーテリングに感嘆させられます。
あらすじ
文化年間の江戸・浅草。主人公は、女手ひとつで貸本屋を営む〈おせん〉です。謎があると、つい首を突っ込んでしまう“事件を呼ぶ本の虫”でもあります。表題作「往来絵巻」では、神田明神祭りが舞台となります。宝くじが当たるよりも稀でありがたい特別な「行列」を出すことになった与左衛門は、「我らの偉業を絵に残そう」と提案します。金に糸目をつけず、一年かけてようやく完成した祭礼絵巻――しかし、そこには一人足りない人物が描かれていませんでした。消えた「あいつ」はいったい何者なのか。〈おせん〉の推理が冴えわたります。
蔦屋重三郎を巻き込んだ江戸出版界を揺るがす謎、〈おせん〉の父の死の真相、そして本仲間で絵師の「燕ノ舎」の最期まで……。
ほんの少しビターで、心温まる、本好きにはたまらない一冊です。(『往来絵巻 貸本屋おせん』Amazon内容紹介より抜粋・編集)
ここに注目!
本書は、デビュー作『貸本屋おせん』の待望の第2弾となります。
現在(2025年)は、NHK大河ドラマ「べらぼう~蔦重栄華乃夢噺」の影響により、江戸の出版文化への関心がかつてないほど高まっています。
本作の舞台となる文化年間(1804~1818年)は、蔦屋重三郎が没した寛政9年(1797年)から10年ほど後の時代です。とはいえ、彼の育てた絵師や戯作者の作品が市中に流通しており、蔦重の時代の文化がそこにあるかのように、物語の中でも活写されています。
神田祭を描いた表題作の魅力はもちろん、蔦屋重三郎をめぐる出版界の謎にも惹かれます。江戸の出版の世界に触れる楽しさに加え、本好きたちの暮らしぶりを垣間見ることができ、ページをめくるたびに思わずにんまりとしてしまうことでしょう。
なお、第1作の『貸本屋おせん』は、今月(5月)初めに文春文庫としても登場します。まずは文庫版から手に取って読んでみることをおすすめします。

今回取り上げた本
