2024年時代小説(単行本/文庫書き下ろし)ベスト10、発表!

井伊直弼と近江商人

アドセンス広告、アフィリエイトを利用しています。
スポンサーリンク

幸田真音さんの『あきんど 絹屋半兵衛』(上・下)を読了した。読み始める前、単行本刊行時のタイトル『藍色のベンチャー』のままのほうがいいのではないかと思っていたが、最後まで読んでみると、改題した訳が納得いった。

幸田さんは、『小説ヘッジファンド』『偽造証券』『日本国債』『代行返上』『傷―邦銀崩壊―』など、多くの経済小説で活躍されている。この作品は、著者初の歴史小説だが、あとがきで三十年近く前に湖東焼の染付の皿と出会って以来、ずっと温めてきた題材だという。

その湖東焼の窯を起こした人物はどんな思いで始めたのか、彦根藩でどのようにしてそれが発展し、幕末の激動の中で数奇な運命をたどっていくのか、著者が長年集めてきた豊富な歴史資料を駆使しながら、リアリティーがありながら、ロマンあふれる物語が展開されていく。

物語の序章で桜田門外の変を伝える江戸からの第一報が紹介されている。それは近江の豪商「丁吟」による仕立便(臨時速達便)で、丁吟江戸店から京店へ、わずか三日半で送って伝えられ、京店から近江本店へ同日中に転送された。彦根藩が江戸藩邸から国元へ報じたものよりも半日も先んじていたという。大老井伊直弼の駕籠への襲撃の様子や、死傷者の人数、名前に至るまで実況描写されたうえで、この異変後の店の対策も忘れずに記されていた。

最初から時代経済小説の面白さを味わいつつ、「近江商人」と呼ばれる人たちの情報伝達力の見事さ、凄味を感じ、物語に引き込まれていく。物語の前半は、彦根に有田や瀬戸や京に負けない新たなやきものを作ろうとする絹屋半兵衛とそれを支える妻・留津のベンチャースピリッツを描いていく。最初の窯での失敗や販売ルート開拓の困難、共同出資者の脱落という問題を抱える中で、何とか良質なやきものを作り出すことに成功するが……。

そうした苦闘の日々の中で、半兵衛は、「埋木舎(うもれぎのや)」と呼ぶ屋敷に住み、鬱屈した生活を送る部屋住みの鉄三郎(後の井伊直弼)と出会う。激動期の幕末、湖東焼は品質を大きく高める。そして、それは半兵衛の手中を離れ、彦根藩自体の命運を握るものに重大なものに変わっていく。後半では、半兵衛と留津とともに、井伊直弼の生き様にもスポットが当たっていき、物語はダイナミズムを加えてますます面白さを増していく。

印象的な登場人物も多く、作品に深みと彩りを加えている。窯ぐれ(わたりのやきもの職人)と自嘲しながらも、半兵衛とともに彦根でやきものを始める元有田職人の昇吉、その幼なじみで勝気な娘おひさ、半兵衛を翻弄する彦根藩の町奉行舟橋音門、半兵衛と留津を陰で支える枝村の豪商、又十こと藤野四郎兵衛など。

この物語の最大の魅力は、半兵衛の商いに対する前向きな思いと、留津との夫婦の気持ちの通じ合い、相手を思いやる心が感動的なこと。それにより読み味をよくしているのだと思う。経済小説など苦手という方にもおすすめしたい。

あきんど―絹屋半兵衛〈上〉 (新潮文庫)

あきんど―絹屋半兵衛〈上〉 (新潮文庫)

小説ヘッジファンド (講談社文庫)

小説ヘッジファンド (講談社文庫)

偽造証券 (新潮文庫)

偽造証券 (新潮文庫)

日本国債(上) (講談社文庫)

日本国債(上) (講談社文庫)

代行返上 (小学館文庫)

代行返上 (小学館文庫)

傷―邦銀崩壊〈上〉 (文春文庫)

傷―邦銀崩壊〈上〉 (文春文庫)