迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)

心優しき巨躯の剣士「迷い熊」、江戸へ見参

迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)双葉文庫から刊行された、芝村凉也(しばむらりょうや)さんの文庫書き下ろし時代小説、『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』を紹介します。

神田にある老舗菓子舗惠比壽屋の裏手に建つ剣術道場の前に旅装の浪人が現れた。ひときわ目立つ上背と長大な得物を担ぐ姿に、周囲の者が警戒し番屋へ連れて行くが、男は十年前に武者修行に出た一人息子の間野生馬だと名乗る。
思わぬ人物の突然の帰還と変貌ぶりに偽者の疑いをかけた惠比壽屋の娘お君は、男を追い払おうと画策するのだが……。

文庫書き下ろし時代小説「返り忠兵衛 江戸見聞」シリーズでデビューし、「素浪人半四郎百鬼夜行」や「討魔戦記」シリーズなどで、活躍されている芝村さんの最新シリーズの第1作です。

 折れ曲がった堀川によって斜めに分断された四つ角を、「皆が支障なく往来できるようにするため橋を架けてくれ」と頼まれた大工はさぞ困ったことだろう。結局大工は、幅の広い橋の一方の欄干を取っ払った横っ腹へ、もう一本橋を渡してつなげてしまったような、流れの屈曲部にスッポリ蓋を被せる形の大胆な橋をこさえ上げた。
 これぞ、神田名物の弁慶橋。
 
(『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』P.30より)

その弁慶橋の袂の松枝町の角に立ち止まった男がいます。髭面で六尺(約180センチ)ほどある大男で、図体の大きさは道を通る者らが呆れるほど。よれよれの旅装のままで長大な刀を斜めに背負い、足元は草鞋で固めています。

本書の主人公の間野生馬(まのいくま)が十年ぶりに江戸へ帰還したところ。
しかしながら、剣術道場は道場主が亡くなり、一人息子の生馬の消息も分からないために、長屋となり、何組もの世帯が入居して暮らしています。

長屋の子どもたちに注進を受けた、惠比壽屋の娘お君は、生馬の変貌ぶりに偽者の疑いをかけて追い払おうとします。

さらに、弁慶橋界隈を取り仕切る岡っ引き、竹屋の仁蔵に、胡乱な浪人者として自身番に連れていかれます。生馬の話を聞き、仁蔵は惠比壽屋の主・与惣兵衛を呼びだして本人確認します。

 ――ただ、いいとこのお坊ちゃんってだけじゃねえ、老舗の主としてしっかり見世を守ってきた惠比壽屋の主が、こんなに簡単に他人を信じるものかねえ。
 そんな疑いが心に浮かんだのは、「大男が菩提寺どころか祖父母や母の墓についても父親から何も聞いていない」という、本物ならあんまりありそうにない話が心に引っ掛かっていたからだ。経験豊富な岡っ引きの耳には、騙りが人を瞞すときの口実のように聞こえていた。
 
(『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』P.69より)

生馬が持っていた手紙とその話から、与惣兵衛は生馬が本物と認めて惠比壽屋に引き取りますが、お君は依然、偽者扱いをして、化けの皮を剥いで追い出そうと図ります。

 お君は唇を引き結んでいるが、父親に逆らおうとはせずに腰を浮かせかけた――が、立ち上がる前に、目の前に座す大男をキッと睨む。
「あんたが間野生馬だなんて、あたしはまだ認めちゃいませんからね」
「これ、お君!」

(『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』P.78より)

江戸に帰ってきた生馬のため、与惣兵衛は生馬の父・間野源心の弟子たちも集めて追善供養を大々的に催します。その夜、生馬は法要の行われた寺の本堂に泊まることに。

同じ夜、惠比壽屋に賊が押し入ります。

 闇の中の人影は、どうやら大戸のほうへ行くようだ。
――そのまま、表へ出ていく?
いや、外にいる仲間を引き入れようとしているのかもしれない。もし、仲間を呼び込むつもりなら泥棒だ!
――みんない知らせなきゃ。
 はっきり確かめるべくさらに前へ踏み出そうとしたとき、不意に後ろから口を塞がれた。帯に腕を回す格好で抱きつかれてもいる。

(『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』P.150)

夜中に起きたお君は怪しい人影を見つけ、その人影に口を塞がれてしまいます。
惠比壽屋に最大の危機が訪れようとしています。
生馬はこの危機を救えるのでしょうか。

物語は捕物の要素をもって展開していき、引き込まれます。

本書の面白さは、か細い少年だった生馬が修行三昧の十年間の末に見違えるほど体が大きくなり風貌が一変し、そのことで周囲に騒動を巻き起こしていること。

「あの大熊野郎のことなんだけど」
「あんなのに、大熊なんて言い方は勿体ねえや。手前の道場だって言い張ってるとこにも入れねえでウロウロしているようなのは、大熊じゃなくって迷い熊で十分だ」

(『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』P.219)

相手に恐怖心を与えるような外見とは真逆の、控えめで思慮のある心優さを持ち合わせているところが何とも魅力的です。おきゃんでお転婆、口が達者なお君にタジタジになる生馬も微笑ましく、二人の関係がどうなっていくのか気になります。。

生馬は、十年の修行で学んだ剣術や父から教わった流儀を披露します。臨場感ある剣戟シーンも見どころの一つです。楽しみな剣客シリーズが始まりました。

◎書誌データ
『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』
出版:双葉社・双葉文庫
著者:芝村凉也

カバーデザイン:長田年伸
カバーイラストレーション:森豊

第1刷発行:2018年6月17日
648円+税
328ページ

文庫書き下ろし

●目次

第一章 神田弁慶橋
第二章 香華
第三章 夜盗
第四章 夜鴉
第五章 古流剣法

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『迷い熊帰る 長屋道場騒動記(一)』(芝村凉也・双葉文庫)