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浄瑠璃坂の討入り 忠臣蔵への道

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浄瑠璃坂の討入り 忠臣蔵への道

(じょうるりざかのうちいり・ちゅうしんぐらへのみち)

竹田真砂子

(たけだまさこ)
[読み物]

あとがきによると、牛込(市ヶ谷)で生まれ育った著者が、浄瑠璃坂で仇討ちがあったことを知ったのは、十数年ほど前ということ。それほど、知られていないこの仇討ちの真相とは…。

著者名(『宵の夢』や『七代目』など歌舞伎をテーマにした時代小説が多い)や題名・装幀を見て、てっきり時代小説(フィクション)だと思って読み始めたら、「アレレ」って感じで戸惑った。忠臣蔵につながる集団仇討事件として、“浄瑠璃坂の討入り”の発端から結末、後日談までを描いた読み物(ノンフィクション)だったのである。

赤穂事件(あまり、赤穂義士や忠臣蔵という言い方は好きでないので)の場合、どう考えても吉良さんの方が可哀想に思えてくるので、苦手。しかし、この浄瑠璃坂事件は、同じ藩内(宇都宮・奥平藩)の重臣同士ということで、凄惨な事件の割りに、変な感情移入がないだけサバサバとしたところもあり、その経緯や結末が面白かった。題材がフレッシュなのも得しているかもしれない。以前に、高橋義夫さんの『浄瑠璃坂の敵討ち』(文藝春秋)でも同じように感じたが。

浄瑠璃坂の討入りについて詳述することで、「忠臣蔵」観を明らかにするところが新鮮だった。

読みどころ●寛文十二年(1672)二月二日、市ヶ谷浄瑠璃坂で仇討ちがあった。仇は元宇都宮藩奥平(おくだいら)家重臣奥平隼人、討手も同じ藩の出身で奥平源八。仇討ちといっても、よく見聞する竹矢来しつらえて、所の役人が出張り、一部始終を検分する中で、一対一で渡り合うというような小規模なものではない。総勢四十二人が、警備警戒十分な幕府直参の屋敷に匿われている仇を討つという、大々的なものだ。
有名な赤穂浪士の討入りの三十年前に起こった、この大事件は、いかにして起こり、いかなる結末を迎えたのか、多数の史料を渉猟し、関係者の子孫や郷土史家への取材を通して明らかにしてゆく読み物。

目次■序章 稚児の仇討ち/第二章 戦国からの脱出/第三章 それぞれの旅路/第四章 源八の青春/第五章 井伊掃部頭出座/第六章 忠臣蔵への道/第七章 浄瑠璃坂発/あとがき/参考文献

装画・装丁:西のぼる
時代:寛文八年(1668)二月十九日、寛文十二年(1672)二月二日
場所:宇都宮、江戸汐留、日比谷、壬生、深沢村、鷹匠町、浄瑠璃坂ほか
(集英社・1,600円・99/03/31第1刷・269P)
購入日:99/03/27
読破日:00/09/15

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