東海道をゆく 十時半睡事件帖

東海道をゆく 十時半睡事件帖東海道をゆく 十時半睡事件帖
(とうかいどうをゆく・とときはんすいじけんちょう)
白石一郎
(しらいしいちろう)
[道中もの]
★★★★☆

「十時半睡事件帖」シリーズ第7弾。著者死去による絶筆のため、未完の作品。「生きる者は生き、死ぬ者は死ぬ」という死生観から、藩船の船出を私用で早めて海路で急ぐより、悠々と旅路を楽しんで帰国するほうが自然でよいと、あえて日数のかかる東海道五十三次を選ぶ半睡。

海洋時代小説の第一人者である白石さんとしては、異色ともいうべき陸路を描いた物語、いわゆる道中物の始まりである。東海道五十三次の旅を描いた時代小説は多いが、この作品ほど道中の風俗や様子を自然に物語の中に織り込んだものは少ない。箱根の関所や大井川川越などのシーンも、いままで漠然と理解していた部分がわかりやすく描かれていて興味深かった。

道中物の魅力といえば、旅の道連れである。十時半睡は若党の中村勘平と江戸藩邸の目付役二宮三太夫をお供に、喜兵衛と佐吉という二人の日雇請負人と呼ばれる道中人足を連れていく。三太夫は、寛永以来江戸定府の家柄の藩士で、福岡といえば遠い他国の別天地で、江戸から一歩も外に出たこともないという。珍道中が期待されるところに加えて、いわくのありそうな若党と小者だけを従えて旅をする武家の妻のぶが絡む。

福岡藩の名物老人十時半睡とともに江戸時代の東海道を旅できて楽しかった。とはいえ、読み進めて紙数が少なくなるにつれて、淋しく何とも言えない喪失感にとらわれた。そして、十時半睡の東海道の旅は、ほぼ中間の新居の関で終わった。作者が死の床で書かれたと思うと、よくぞここまでわれわれを連れてきてくれたと感謝の気持ちもいっぱいだ。

思い返すと、今から十数年前、池波正太郎さんによって時代小説の洗礼を受け、藤沢周平さんの作品にハマった後、次に読むべき作家が見つからず物足りない日々を送っていたときに、出会ったのが白石さんの作品である。

幕末に鯨捕りを目指す若者を描いた『サムライの海』で海洋時代小説の面白さに目覚め、長崎や福岡、豊後、島原、対馬など西国を舞台にした物語の数々で、江戸以外の場所からの視点で描かれた時代小説に魅力を覚え、そのロマンあふれる物語性に胸を熱くした。時代小説のもつ懐の深さを教えてくれた作家でもある。

2004年9月の死から、1年半がたった今、あらためて偉大な時代小説作家を失ったことに思いがいたった。もう、新作は読めないが、そろそろ、白石さんの名作を読み返してみてもいいころかもしれない。

ブログ◆
2006-02-27 忘れられない時代小説作家
2006-02-26 白石一郎さんと十時半睡

物語●十時半睡は福岡藩江戸藩邸の風俗の退廃のため老臣たちが江戸の目付制度の改革を思い立ち、改革の担当者として江戸藩邸への出仕を命じられて、三年前の秋より江戸屋敷総目付を務めている。国許で御蔵奉行を務める息子弥七郎が重病という知らせを受けて、見舞うため国許への旅に出る……。

目次■旅立ち/泉岳寺/東海道/小田原/箱根越え/薩た(土へんに垂)峠/大井川越え/海の関所/解説 縄田一男/年譜

カバー装画・デザイン:西のぼる
解説:縄田一男
時代:明記されず
場所:海辺大工町、深川黒江町、赤坂中屋敷、高輪、泉岳寺、鈴ヶ森八幡社、六郷川、神奈川、浦島寺、権太坂、藤沢、小田原、見晴らし茶屋、箱根宿、箱根関所、三島宿、原、富士川、蒲原、薩た(土へんに垂)峠、駿河府中、丸子、岡部、藤枝、島田、金谷、浜松、舞坂、新居ほか
(講談社文庫・619円・06/02/15第1刷・349P)
購入日:2006/02/20
読破日:2006/02/27

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『東海道をゆく 十時半睡事件帖』(白石一郎・講談社文庫)