(ほうちょうにんざむらいじけんちょう くらやみざかのりょうりばん)
(こばやかわりょう)
[料理]
文庫書き下ろし
★★★★☆
♪江戸城の台所人、鮎川惣介は天性の鋭い嗅覚の持ち主で、将軍家斉に気に入られ話し相手をさせられるうちに「台所人に身をやつした御庭番」と陰口を言われる始末。幼馴染で剣の達人御広敷添番の片桐隼人と協力して、その鋭い嗅覚で数々の難事件を解決してきた。
武士でありながら、剣の腕はからっきしで、「はもの」と読めば、包丁か青物を思い浮かべる包丁侍。出っ張った狸腹と団子鼻の狸顔という外見で愛すべきキャラの惣介の活躍を、ユーモアたっぷりに描く、謎解きと江戸の料理が楽しめるユーモア時代小説シリーズの第6作。
隼人の倅の安否、おのれの行く末、西の丸に行く羽目になったわけ――鮑、海老、慈姑、椎茸、木耳の具に、酒と醤油で味をつけ火にかけた鮑の貝殻のごとく、頭の中は、ぐつぐつと煮え立っていた、考えてもわかりようがないことを脈絡もなく思案して泡を吹いている。
(『包丁人侍事件帖 くらやみ坂の料理番』P.40より)
江戸の食習慣に関する記述も織り込まれていて興味深い。
幕府は、火事を防ぐ狙いもあって、たびたび〈煙草禁止令〉を出してきた。煙草を栽培する者に厳しい罰を科したり、煙管狩りを行ったり。それでも喫煙の習慣は一向になくならなかったから、八代将軍吉宗のときに、根負けする形で煙草の禁止を諦めた。
(『包丁人侍事件帖 くらやみ坂の料理番』P.150より)
惣介の娘、鈴菜に縁談が持ち上がる。相手は、貧乏旗本の次男坊ながら跡取りで、花菖蒲の新しい品種を生み出すことにはまっている、近森銀治郎。変わり者の銀治郎に好意を持ち始めた鈴菜、今後の二人の関係も気になるところ。堀切の菖蒲田の持ち主として、伊左衛門も登場する。
御膳所に戻ると、鰹を三枚に下ろし、身に酒をかけてしばらく置いた。それを竹の皮に包んで中も白くなるまで蒸す。しばらく風に当てて乾かせば、生利のできあがりだ。普通は刺身で食べられなくなった鰹を使って作るものだから、ずいぶん贅沢な生利だ。
ここまでやり終えると、あとは、鰹を風にまかせ塩は炭火に預けて待つばかり。心もしんと静かになっていた。
(やはり、俺は料理が好きなのだ)
銀治郎に教わったことばで言えば料理顛だ。(『包丁人侍事件帖 くらやみ坂の料理番』P.3237より)
そのほかに、作中で惣介が作る料理は、家斉のために作った玉子素麺。南蛮菓子の一つで、玉子の黄身を細く長く仕立てて素麺に似せた、見立て物。もう一品は馬琴への土産にした、麩の焼き。小麦を解いたもの薄く焼き、皮に味噌をたっぷり塗り、刻んだ胡桃を混ぜて砂糖をぱらぱらと振り、くるっとひと巻きした、シンプルながら美味しそうで、食べてみたい。
主な登場人物◆
鮎川惣介:江戸城御広敷御膳所台所人
志織:惣介の妻
鈴菜:惣介の娘
小一郎:惣介の息子
片桐隼人:惣介の幼馴染。大奥の警護、管理をする添番を務める御家人
八重:隼人の妻
以知代:隼人の母
桜井雪之丞:将軍世子・家慶の正室喬子様の料理番
曲亭馬琴:戯作者
徳川家斉:十一代将軍
近森銀治郎:二百石の旗本の次男
物語●親友の隼人と八重の夫婦に、念願かなって赤子が授かる。が、生まれたのは男女の双子で、隼人の母・以知代は「犬猫でもあるまいに、双子なぞ産んで。恥さらしの嫁だこと」とつぶやいた心ない一言から親族をあげての大騒動に。隼人は、生まれたばかりの女児を跡取りに、男児を生まれて六日目の夜に捨てることに……。
一方、惣介は家斉から西の丸御膳所への異動を命じられ、複雑な心境になる。西の丸では想像を絶するようないじめが展開され、そのために自害した若い料理人もいるという。
目次■第一話 雪之丞ご難/第二話 惣介の鼻/第三話 鈴菜の縁談/《特別対談》浅野温子×小早川涼