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浅井長政の股肱の臣が、長政の嫡男を連れて決死の逃避行

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『北近江合戦心得(一) 姉川忠義』|井原忠政|小学館文庫

北近江合戦心得(一) 姉川忠義井原忠政(いはらただまさ)さんの文庫書き下ろし戦国小説「三河雑兵心得」シリーズの姉妹篇、『北近江合戦心得(一) 姉川忠義』(小学館文庫)が刊行されたのが1年前の2022年12月。
ずっと気になっていた作品でしたが、ようやく読むことができました。

姉川の合戦が、弓の名人与一郎の初陣だった。父・遠藤喜右衛門が壮絶な戦史をとげてから三年、家督を継いだ与一郎と、郎党の大男・武原弁造は、主君・浅井長政率いる四百の兵とともに小谷城の小丸に籠っていた。長政には、三人の女子と二人の男児があった。信長は決して男児を許すまい。嫡男・万福丸を連れて落ち延びよ。長政の主命を受けた与一郎は、菊千代と改名させた万福丸を弟に仕立てて、小谷城を脱出する。目指すは敦賀、供は元山賊の頭目・武原弁造ただ一人。75万部を突破したベストセラー「三河雑兵心得」シリーズ姉妹篇第1作、ついにスタート!

(『北近江合戦心得(一) 姉川忠義』カバー裏の内容紹介より)

元亀元年(1570)六月、浅井家重臣遠藤喜右衛門の嫡男・与一郎は十五歳。姉川の合戦で初陣を果たして兜首を三つ獲りましたが、父を目前で惨殺されてしまいました。

それから三年が過ぎた天正元年(1573)八月、織田軍に囲まれて落城寸前の小谷城。

与一郎は、浅井方の山本山城主阿閉貞征のもとを密かに訪れました。織田家への内応の噂がある阿閉に、非道な織田家へ転ばぬように説得するためです。与一郎は、阿閉の娘である絹姫と夫婦になる約定を交わしていて、嫡男万五郎とも竹馬の友でした。

阿閉は、織田家に仕えることで、長政公の助命を願い出ると所存と語り、逆に与一郎に己が運命を織田家に懸けるべきだと説得します。

「有難きお言葉ながら、それがしは浅井家と命運をともに致したく存じまする」
「与一郎殿、今は乱世じゃ」
 我慢強い阿閉が、頑固な若者を説得しようと身を乗りだした。
「弱気を捨て、強きに付く……誰もがやっていること。決して武士の道に反することではないと思うが、どうか?」
 当の長政自身が、自分を見限り、去ってゆく重臣たちに理解を示しているほどだ。与一郎がこのまま山本山城に残り、生き永らえる道を選んでも、長政や小谷城の城兵たちは、然程には驚きも非難もしないだろう。だが――
「千古不易という言葉もござる」

(『北近江合戦心得(一) 姉川忠義』P.41より)

与一郎は浅井家への忠義は永遠に変わらないと言って、許婚の絹姫よりも滅びゆく浅井家とともにすることを選び、落涙に堪えました。

「三河雑兵心得」シリーズでは「仁義」がキーワードでしたが、本書では与一郎が体現していく「忠義」が重要な言葉となっています。

小谷城に戻った与一郎は、主君長政から、嫡男の万五郎を連れて逃げのびるよう主命を託されました。与一郎の忠義と、郎党の武原弁造が元山賊で、夜道、山道を得意としていることを買われてのこと。

本書の魅力の一つに、郎党でありながら、強力なパートナーである武原弁造の存在にあります。元山賊で年は与一郎より七、八歳上で、長さ一間半(約二百七十センチ)の撤秒を打った六角棒を得物としていて、戦場では無双の働きをします。
いつも与一郎と行動をともにし、故あって与一郎が秀吉に仕えてからは同じ足軽仲間になります。

菊千代と改名させて弟に仕立てた万福丸を敦賀の乳母夫婦木内喜内之介・紀伊のもとに潜伏させるため、逃避行を続ける与一郎は、山中で毒矢で牡鹿を倒した女猟師に出会いました。

「附子か?」
 附子は、鳥兜の塊根から抽出する猛毒だ。鏃に塗れば毒矢になる。弓兵にとって毒矢は禁じ手だが、一応知識だけは持つのが心得だ。
「その通りや……よう知っとるな」
 と、菅笠の下から与一郎をギロリと睨んだ。
「あ……」
 美しい娘だと思った。阿閉於絹の優美で淑やかな美しさとは違う。正に今、牡鹿を倒した鏃にも似た、鋭利で鮮烈な美貌だ。ただ――毒の有無はどうだろうか。

(『北近江合戦心得(一) 姉川忠義』P.122より)

木内の娘、紀伊の義理の娘、於弦(おつる)との出会いでした。

与一郎は、弓の名手で乗馬もこなす武芸に秀でた若武者で、端整な顔立ちをして、容貌は貴族的で女性的ですらあります。女性にもてないはずがなく、於弦のほかにも、長政の正室で信長の妹於市の侍女・和音(かずね)にも好意を持たれますが、女難の気配も……。

本書のもうひとつの魅力に、乱世に流行らない忠義を貫くために、重臣の嫡男から最下層の足軽へ身分を落とす、主人公の遠藤与一郎(後に大石与一郎に改名)の視点から見た戦場が活写されている点にあります。
元山賊の弁造とのバディで戦場を駆けまわるところが痛快至極で、「三河雑兵心得」シリーズにも相通じる、戦場シーンのリアリティーとライブ感が癖になる面白さです。読み比べてみることをおすすめします。

北近江合戦心得(一) 姉川忠義

井原忠政
小学館 小学館文庫
2022年12月11日初版第1刷発行

カバーイラスト:スカイエマ
カバーデザイン:bookwall

●目次
序章 姉川の月――初陣、夏
第一章 小谷城陥落
第二章 敦賀潜伏記
第三章 万福丸
第四章 仇に仕える
終章 長良川の月――再生、冬

本文285ページ

文庫書き下ろし

■今回取り上げた本


井原忠政|時代小説ガイド
井原忠政|いはらただまさ(経塚丸雄)|時代小説・作家 神奈川県出身、神奈川県鎌倉市在住。会社勤務を経て文筆業に入る。 2016年、経塚丸雄のペンネームで『旗本金融道(一) 銭が情けの新次郎』で時代小説デビュー。 2017年、同作で、第6回歴...