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月影の道 小説・新島八重

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月影の道 小説・新島八重
月影の道 小説・新島八重

(つきかげのみち しょうせつにいじまやえ)

蜂谷涼

(はちやりょう)
[明治]
★★★★

2013年のNHK大河ドラマ「八重の桜」のヒロインとして注目を集める会津出身の山本八重。明治初年の会津若松城での籠城戦では男装で参加し「幕末のジャンヌ・ダルク」と呼ばれる。後に、同志社の設立者新島襄と結婚したことでも知られる。

籠城戦から降伏後の苦難の生活、そして襄との結婚生活まで、八重の半生を描く文庫書き下ろし小説。ドラマのノベライズのように描写が映像的であり、ストーリー展開が明快で、その生き様がよくわかった。

読み進めるうちに、幕末から明治を通じて歩んだ会津藩藩士たちと家族の苦難の歴史に同情を禁じえない。本来は御三家、老中出身家など長年多くの禄を食み、将軍家から多大な恩寵を受けた者たちが担うべきものを、会津が一身に受けて、スケープゴートとされたようなものだ。

 あなたもむろんそうでしたでしょうが、私たち会津藩士の子弟は、親の地位の区別なく、子供時分に什の掟を叩き込まれます。
 一、年長者の言うことに背いてはなりませぬ
 二、年長者にはお辞儀をしなければなりませぬ
 三、虚言をいう事はなりませぬ
 四、卑怯な振舞をしてはなりませぬ
 五、弱い者をいじめてはなりませぬ
 六、戸外で物を食べてはなりませぬ
 七、戸外で婦人と言葉を交えてはなりませぬ
 この七つの掟のそのあとは「ならぬことはならぬものです」と締めくくられます。あくまでも義を重んじて、道理を貫く。
 
(『月影の道』P.32より)

ちなみに「什(じゅう)」は、数字の十ではなく、会津藩における藩士の子弟を教育する組織のこと。什の掟による義と道理の精神が、幕末の会津藩を悲劇に導いたともいえるが、六と七はともかく、一から五までは現代でも大切にしたいことである。

「それにしても……実践、実行、果敢に断行。八重様とお話しさせていただいておりますと、いつもそのような語句が頭に浮かびます。八重様は、まことにお強い方なのですね」「いいえ。そえは、竹子さんの買い被りというもの。私は、本当はとても弱い人間なのです。自分が弱いと知っているがために、強くありたいと常に願っているにすぎません」
 
(『月影の道』P.35より)

八重と親友中野竹子の会話。竹子は江戸育ちで薙刀の名手、会津籠城戦では女子ばかりで娘子隊(じょうしたい)を率いて衝鋒隊(しょうほうたい)とともに薩長軍と戦った美人。

「ですが、ここはやはり国許育ちの八重様に」
「この際、国許育ちも江戸育ちも関係ありません。肝心なのは薙刀の腕前です。それに、我が家のお役目からしても、私は銃を取ると決めております。あなたなら大丈夫。みなを束ねていくにふさわしい器量の持ち主です」

(中略)

 いざ戦の火ぶたが切られたなら、戦って戦って、戦い抜く。義は会津にありとの証を立ててみせる。私たちはもはや、おなごではなく、一人の会津藩士なのだ。会津藩士の誇りにかけて、戦いに臨むのだ。義と信念を貫いてこそ、武士だ。

(『月影の道』P.59より)

本書では、憧れ、色と粋、恋、妻、献身など、いろいろな愛の形を見せてくれる。

「八重さんは、戦で亡くなった会津の方々や斗南へ移住した旧会津藩士とその家族、とりわけ親友ともいえる中野竹子さんに、重い負い目や自責の念を感じている。私には、そう思えてならないんだ。違うかな」
「……確かに、そうです」

(中略)

 新島が、八重の目をしかと見据えた。
「八重さん。わたしは、これも主の御計らいなのだと思う。重い負い目や自責の念を抱えているからこそ、成し得ることがある。果たすべき使命を与えられている。こんなふうに言うと、また弁解がましく響くだろうか」
 八重は、新島の目を見つめ返しながら、彼の言葉をじっくりと反芻した。
 
(『月影の道』P.194より)

悲惨な戦いを経験し、その後遺症として心を深く傷つけた八重。新島との出会いによって、再生していく。苦難の末に幸せを掴み取った会津の女性たちの姿に感動を覚えた。来年の大河ドラマでは、八重がどのように描かれていくのか、楽しみでもある。

主な登場人物
山本八重:会津藩の砲術指南役山本権八の娘
山本覚馬:八重の兄で、軍事取調兼大砲頭取
山本三郎:八重の弟
山本権八:八重の父
さく:八重の母
宇良:覚馬の妻
峰:覚馬の娘
繁之助:但馬出石藩の藩医の息子で、日新館蘭学所の教授で、八重の夫
中野竹子:会津藩江戸定詰納戸係中野平内の長女で、備中庭瀬藩主板倉勝弘の奥方の元右筆
中野優子:竹子の妹
中野こう子:竹子の母
赤岡大助:目付で、竹子の養父
黒河内伝五郎:八重の薙刀の師で、藩の居合指南役
松平容保:会津藩主
煕姫:容保の義姉
高木時尾:八重の幼なじみ
日向ユキ:八重の幼なじみ
山田新左エ門:会津藩夜襲隊隊長
長沢:官軍軍監
内藤新一郎:米沢藩士
つゆ子:新一郎の妻
はつ:山本家の元下女
二郎平:はつの弟
佐吉:農夫
槇村正直:京都府知事
時恵:覚馬の妾
久栄:覚馬と時恵の娘
木崎二三江:女紅場(女学校)で働く八重の同僚
ゴルドン:宣教医師
新島襄:アメリカン・ボード日本ミッションの準宣教師
民治:襄の父
とみ:襄の母
美代:襄の姉
公義:襄の甥
ジェローム・ディーン・デビス:宣教師
伊勢時雄:横井小楠の長男で、同志社英学校の学生
シオ:新島家の女中
五平:同志社に勤める小使
アレクサンダー・ポーター:函館の用品小物店の主
福士成豊:北海道庁勤務
内藤兼備:北海道庁勤務
徳富猪一郎:熊本洋学校が閉鎖されて、同志社英学校へ転校する
徳富健次郎:猪一郎の弟で同志社英学校の学生

物語●明治元年九月二十二日、会津藩降伏し、会津若松城を開城した夜、三の丸御殿を抜け出した八重は、見上げた空に皓々と照り輝く銀色の月を見た。そして、亡き親友竹子のことを思い出し、出会いから籠城戦までのことを回想する。
そして、月の光が冴えわたっているなかで、雑物蔵の白壁に、形見の簪で一首刻みつけた。

   明日の夜は何国の誰かながむらん
    なれし御城に残す月影

目次■第一章 落城/第二章 漂泊/第三章 一粒の麦

イラスト:卯月みゆき
デザイン:大久保明子
時代:明治元年(1868)九月二十二日
場所:会津若松城三の丸御殿、坂下、米代四之丁、日橋川、猪苗代、青木村、御山村、米沢、京河原町御池、旧九条邸、木屋町、旧今出川、荒神口通、旧薩摩京藩邸跡地、旧柳原邸、函館、小樽、札幌、ほか
(文藝春秋・文春文庫・600円・2012/10/10第1刷・295P)
入手日:2012/10/25
読破日:2012/11/18

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