『小人目付 源蔵 本丸 目付部屋(16)』|藤木桂|二見時代小説文庫
二見時代小説文庫の2025年4月の新刊は、藤木桂さんの『小人目付 源蔵 本丸 目付部屋(16)』1冊のみとなっています。
本書は、幕府の要職である目付たちを主人公にした時代小説です。
幕府の役職とその職務をめぐって起こる事件や抗争を描くと聞けば、2025年3月に逝去された上田秀人さんの時代小説を思い起こされる方も多いのではないでしょうか。上田作品を愛読していた方にとって、本書は新たな楽しみになることと思います。
あらすじ
幕府直轄領の府中で、「一揆」の相談? 目付たちの内密探索が始まります!
小人目付の平脇源蔵(ひらわき・げんぞう)は、信濃での検視の帰途、府中宿の飯屋で、一揆の相談をしているとしか思えない百姓たちを目撃します。府中は幕府の直轄領であるため、江戸に戻るとすぐに、目付筆頭・妹尾十左衛門(せのお・じゅうざえもん)に報告を上げます。ところが、本来は一切他言無用であるはずの件が、なぜか大名たちの間で騒がれていたのです。調査を進めると、実はまったく別の話が背景にあり、関東代官頭・伊奈家に対する嫉みも絡んで、事態は錯綜していきます。はたして「一揆」の真相は――?
(『小人目付 源蔵 本丸 目付部屋(16)』のカバー裏面の紹介文より抜粋・編集)
ここに注目!
2018年に第1巻『本丸 目付部屋 権威に媚びぬ十人』を読んで以来、久しぶりに本シリーズを手に取りました。コンスタントに巻を重ねてきた本作は、今作で第16巻となります。
幕臣を監察する目付は、江戸城内でも恐れられる存在で、時代小説の中ではしばしば幕閣の実力者に媚びる敵役として描かれることがあります。しかし本シリーズでは、そうしたイメージを一新し、権威に媚びず、正義を貫くヒーローとしての目付像を打ち出しています。
また、個人プレーではなく、十人の目付から成る「目付部屋」という組織として、チームで不正をただしたり、悪事が露見した場合は老中など上席へ裁きの道筋を上申したりする点も本作の大きな特徴です。
表題作では、幕府直轄地である府中において、小人目付が一揆の相談らしき話を耳にしたことから探索が始まり、意外な事実が次第に明らかになっていきます。一方、別の幕領でも百姓たちの一揆の噂が大名たちの間で広まり、次席老中・松平右京大夫輝高は、目付方からの情報漏洩を疑い、目付筆頭の妹尾十左衛門を叱責します。
この時代(明和七年、1770年ごろ)、幕府直轄地の統治を担っていたのは、関東代官頭・伊奈半左衛門を継いだばかりの忠敬でした。利根川東遷の大工事を成し遂げ、富士山の噴火後の復興にも尽力するなど、伊奈家の代々の当主(すべて「半左衛門」の名を継ぐ)の事績は非常に大きく、150年にわたり民衆からの厚い信頼を集めていました。
では、その伊奈家が支配する農村で何が起きているのでしょうか。そして、「一揆の噂」を広めているのはいったい誰なのか――。目付とその配下の徒目付、小人目付が探索に乗り出していきます。
本書は、歴代の伊奈半左衛門の事績を背景に、小人目付の役割や探索手法を丁寧に描いており、物語を楽しみながら江戸の制度や社会を学べる、貴重な時代小説でもあります。江戸時代好きの方にとって、読み応えのある一冊です。
今回取り上げた本
書籍情報
小人目付 源蔵 本丸 目付部屋(16)
藤木桂
二見書房・二見時代小説文庫
カバーイラスト:西のぼる
カバーデザイン:ヤマシタツトム(ヤマシタデザインルーム)
目次
第一話 小人目付
第二話 納戸
第三話 贋札
2025年4月25日 初版発行
本文276ページ
文庫書き下ろし
