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まいない節 献残屋佐吉御用帖

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まいない節 献残屋佐吉御用帖
まいない節 献残屋佐吉御用帖

(まいないぶし けんざんやさきちごようちょう)

山本一力

(やまもといちりき)
[捕物]
★★★★☆

献残屋とは、公儀幕臣屋敷や大名諸家を回り、他所からの進物の余り物を安値で買い取る稼業のこと。今でいえばギフトショップといったところだが、江戸でしか成立しない職業。高度に成熟した武家社会では、賄賂といわないまでも贈答文化が花咲いていて、献残屋の活躍する場も多かったのだろう。

本書の面白さは、この献残屋という仕事に注目し、黒船来航による社会の混乱を題材に選んで、スケールの大きな作品に作り上げたところ。

 宅間屋敷をおとずれるたびに、佐吉は汗をかきつつも築地塀の眺めに見とれた。それほどに宅間屋敷は、塀にも庭木にも手入れが行き届いていた。
「大身のお旗本も、顔負けじゃないか。さすがは、浦賀奉行所のお役人だけのことはある」
 手拭いで汗を押さえながら、佐吉は声に出してつぶやいた。
 
(『まいない節 献残屋佐吉御用帖』P.19より)

主人公の佐吉は、献残屋のやり手の手代。鰹節を利用した賄賂の仕組みが面白い。何やらパチンコの景品交換と似たような仕組みだ。

 焼津節は、鰹節二本が寺田屋の紙袋に収められている。見た目には鰹節だが、寺田屋と宅間家とが知恵を出し合って拵えた、他所にはない『特別な献上品』だった。
 焼津節を町場の乾物屋で買い求めれば、高い店でも一本百五十文程度である。ところが寺田屋は紙袋詰めの二本を、一貫五百文で売り渡した。
 一本あたり市価の五倍近いという、途方もない高値である。しかし頼みごとを抱えて宅間家をおとずれる者は、文句も言わずに買い求めた。
 寺田屋は一貫五百文で売った鰹節を、一貫三百文で引き取った。差額の二百文が寺田屋の儲けである。
 
(『まいない節 献残屋佐吉御用帖』P.27より)

この物語には、ユニークな人物が何人も登場する。その中でも、飛び切り凄みがあって印象に残るのが、徳蔵という闇の仕事人。池波正太郎さんの「仕掛人・藤枝梅安」シリーズに出てくるような存在感のある人物だ。

 五之助が呼び寄せた徳蔵は、探りの玄人である。
 背丈は五尺二寸(約百五十八センチ)、目方は十四貫(約五十三キロ)の、どこにでもいそうな男の身体つきである。
 徳蔵はどんな身なりをしても、人ごみのなかに容易に溶け込むことができた。
 眉毛は薄く、あたまは毎日剃刀をいれている禿頭である。
 
 (中略)
 
 徳蔵の技は、備考や変装だけではなかった。
 絵筆を持たせれば、たちまち相手の顔の特徴を描く技量を持っていた。絵心は、似顔絵を描くだけにとどまらない。建物の特徴をつかむことにも、器や反物の形・柄を描くことにも長けていた。
 それに加えて、徳蔵は匕首使いの達人なのだ。刃渡り五寸の匕首を、立ち合う相手の胸元に突き立てる。ときには、首の太い血筋を断ち切る。
 
(『まいない節 献残屋佐吉御用帖』P.127より)

山本一力さんは、男の中の男ともいえる、粋な大人の男を描くことが多い。この作品でもそんな男たちが登場する。

 寺田屋の奉公人のなかで、自分は献残買いの腕は抜きんでていると佐吉は自負していた。
 難儀に直面したとき、肝の太さにおいて負けることはないとの思いも抱いていたのだが。
 昨夜の伊勢屋と頭取番頭の藤五朗。
 いま目の前を歩いている永承。
 桁違いに大きな度量を持つ男たちに、佐吉は立て続けに出会った。
 永承にはこれまで身近に仕えながら、まことの度量のほどを察していなかった。
 奉公人のために、あるじが正味で一命を賭すと肚をくくっている。
 おのれの慢心を思い知ったいま、佐吉の歩みはすり足になっていた。
 
(『まいない節 献残屋佐吉御用帖』P.349より)

代表作の『損料屋喜八郎始末控え』に通じる、江戸の歴史の中で、社会や経済をとらえた小説として読もこともできる。黒船来航時の浦賀奉行所が描かれていて興味深い。ペリー提督との交渉に当たった、次席与力の中島三郎助や香山栄左衛門も登場する。

月刊文庫『文蔵』2005年10月号~2013年6月号の連載「献残屋佐吉御用帖 焼津節」を改題し、加筆・修正したもの。実に七年半以上にわたって書き継がれたこともあり、多彩な人物が次々に登場する、大部の作品になっている。

主な登場人物
佐吉:献残屋寺田屋手代
寺田屋永承:献残屋の主人
与助:寺田屋の元手代
後兵衛:浜町の船宿「ゑさ元」のあるじ
大田屋五之助:廻漕問屋
佐次郎:大田屋の番頭
宅間伊織:浦賀奉行所庶務頭、禄高五百石の旗本
野本三右衛門:宅間家の用人
吉羽屋政三郎:『漁師うどん』の店の主
弥次郎:豊海橋南詰の目明し
六座衛門:焼津の鰹節問屋「焼津屋」の九代目主人
佐治ノ助:「焼津屋」仕事場差配
徳蔵:請負仕事人
ペリー提督:アメリカ海軍東インド艦隊司令長官
おとし:縄のれん『おかめ』の女将
十間堀の利三親分:深川の夜鷹の元締め
近江単作:利三の用心棒で、忍びの技の心得がある
おちか:利三の情婦
大川清司郎:寺社奉行配下の筆頭与力
伊勢屋四郎左衛門:札差
藤五朗:伊勢屋の頭取番頭
善田屋昭兵衛:三浦三崎の「八百屋」(漁師が必要とするものを調達する商売)

物語●
献残屋寺田屋の手代、佐吉は、店から逐電したかつての同僚与助から、廻漕問屋の大田屋が抜け荷を行っているという話を聞く。しかも、抜け荷の大田屋が、佐吉の得意先である、浦賀奉行所の庶務頭を務める宅間伊織の屋敷とかかわりを持っているとも。

大田屋の主人・五之助は、蝦夷の東の果て、羅臼村の出身。強精剤として高価で取引される膃肭の陰茎を乱獲して資金を作った怖いもの知らずの商人だった。一本筋が通った男、佐吉は、悪事に手を染める役人や巨利を貪る商人に敢然と立ち向かっていく。

時は、嘉永六年四月。アメリカ海軍東インド艦隊司令長官で、遣日特派大使を兼務するペリー提督は、琉球国那覇を発った後、小笠原諸島を目指していた……。

目次■なし

装画(背景)歌川広重 名所江戸百景「永代橋佃しま」より(提供 (公財)アダチ伝統木版画技術保存財団)
装幀:川上成夫
題字:日野原牧
時代:嘉永六年(1853)四月二日
場所:焼津、麹町四丁目、本郷、冬木町、浜町、霊岸島、浦賀、天王町、三浦三崎、ほか
(PHP研究所・1,800円+税・2014/03/24第1刷・573P)
入手日:2014/03/06
読破日:2014/03/09
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