(しちぐさやぶり はまじおやくしゃすごろく ふたますめ)
(たまきやまと)
[芸道]
★★★★☆
♪『花合せ 濱次お役者双六』の第二弾は、ファンにはうれしい文庫書き下ろし。木挽町森田座の大部屋女形梅村濱次を主人公に、歌舞伎の世界と芝居に関わる者たちを描く人情時代小説。
「質草とは、借金の担保として質屋に預け入れるもののこと」と、本書の巻頭で説明されている。また、江戸の質屋は質流れ品を売って稼ぐ風習はほとんどなく、利子が主な収入源という。そのため、質草は金目の物というよりむしろ、その客にとって必ず受けだしたくなるもの、客の心意気や体面に関わるものにするのが一般的で、中には無形のものも含まれていたという。
そんなわけで本書で、月代を質草に入れる大工が登場する。質屋の固定観念が壊されて、へぇーという感じだが、使い古した鍋釜でお金を貸すのもそういう次第か。
さて、この物語の主人公の梅村濱次は、面倒くさいもののが苦手でお気楽な性分の大部屋女形。
この呑気者の女形は、「上へ行く気がない」というだけで、その実、本性は根っからの芝居者だ。芝居小屋で生まれ育ったのも同じ、骨の髄、血の一滴まで、役者なのだ。今まで暮らしてきた土台を無造作に切り捨てられては、言いたいことのひとつやふたつは、あるだろう。
(『質草破り』P.94より)
このシリーズの魅力は、濱次の役者修行ぶりだ。役者に付き物の目立ちたがり精神に欠け、稽古嫌い、精進嫌い、呑気ぶりを見せるが、この世でないものが登場する怨霊事なら無我夢中になる。故・初代有島香風も期待を寄せる逸材ながら、欲がなく、面倒なことが大の苦手なくせに、どうしたことか揉め事を引き寄せる質の濱次が、名題役者や座元の森田勘弥に叱られ、怒鳴られながらも役をつかんでいく。
その濱次を脇で温かく見守るのが師匠の有島仙雀である。
濱次はうっすらとした畏れを、師匠に感じた。
どんな話も、ひとりでに仙雀へ集まってくる。
本櫓の座元を張る豪傑から顔見知りの町娘まで、切羽詰まった厄介事が持ち上がると、必ず仙雀に助けを求める。
そのたびおっとり上品に、噂話を腹に収め、もつれた糸をほどいてしまうから、また頼られ、噂を呼び寄せる。
仙雀は立女形を張った訳でもなく、誰の後ろ盾がある訳でもない。手足となるのは、若い頃目明しの手先をしていたという下男、小六と、頼りない弟子たちくらい。後はその人柄で作り上げた繋がりと、広く深く物事を見通す目。たったそれだけを使い、いつの間にか大きな輪の真ん中へ、静かに腰を据えている。(『質草破り』P.268より)
濱次が芝居町を出て、堅気の人たちが住む長屋に暮らすことで成長する姿を見せていく、青春小説と読むこともできる。次回が楽しみなシリーズだ。
主な登場人物◆
梅村濱次:森田座の大部屋女形
有島仙雀:濱次の師匠で、かつては脇の名役者
小六:仙雀の下男
森田勘弥:森田座の座元
竹村寿三郎:森田座の座頭
清助:森田座の奥役
お好:柳川茶屋の遣り手女将
佐兵衛:質屋『竹屋』の主で、烏鷺入長屋の家主
おるい:佐兵衛の一つ違いの姉で、大の芝居者嫌い
おため:烏鷺入長屋の住人で、近くの寺で女児相手に裁縫や読み書きを教えている
おきん:烏鷺入長屋の住人、仕立ての内職をする
五月:烏鷺入長屋の住人で櫛職人
仁野忠吾:烏鷺入長屋の住人
良太郎:忠吾の一人息子
井坂重弥:森田座の名題の若手女形
菊蔵:森田座の大部屋女形
歌江:森田座の大部屋女形
かじか:森田座の大部屋一番の古株女形
初代有島香風:十数年前に三十八歳の若さで亡くなった、語り草になるほどの名女形で、仙雀の兄弟子
久次:大工
亥之吉:左官職人
鴫原豊路:三味線弾き
浪川信乃丞:森田座立女形
清竹野瀬太夫:森田座一の古株太夫
与平:森田座帳元
物語●住人は森田座の後家ばかりが住む裏方や端役ばかりという長屋を追い出された大部屋女形の濱次は、師匠の仙雀の勧めで神田須田町の『烏鷺入長屋』に住むことに。店子仲間は後家と用心棒の侍とその息子で、家主は質屋の姉弟で、役の幅を広げるのに、よい手本になるだろうと。
ところが、その家主で質屋の主の姉・おるいは、筋金入りの“芝居者嫌い”だった。ある日、金を借りに来た三味線弾きの鴫原豊治に、おるいは義太夫を演じる際に必要なあるものを質草として入れろと言う…。
目次■風 事の始め/第一章 清助の患い/第二章 芝居者嫌い/第三章 三味線弾きの質草/第四章 痘痕も笑窪の恋心/第五章 捻くれ者の本心/第六章 磯の鮑の顛末/第七章 結び/風 事の終わり/解説