たどりそこねた芭蕉の足跡 八州廻り桑山十兵衛


たどりそこねた芭蕉の足跡―八州廻り桑山十兵衛 (文春文庫)
たどりそこねた芭蕉の足跡 八州廻り桑山十兵衛
(たどりそこねたばしょうのそくせき はっしゅうまわりくわやまじゅうべい)
佐藤雅美
(さとうまさよし)
[捕物]
★★★★

八州廻りの桑山十兵衛が活躍するシリーズ第七弾。連作形式だが、この巻を通じて、代官の川崎平右衛門と、その部下で真岡陣屋の手代小川万蔵の対立が描かれている。

 このところ数年、下野からの年貢の収納はかなり落ち込んでいた。廻れなかった昨年は一段と落ち込んだ。真岡の陣屋に常駐させて万端取り仕切らせている小川万蔵が賄賂をとって手心をくわえるか、年貢は石代納といって金納されることが多いから、金納された公金を懐に入れているとしか思えない。川崎平右衛門はそう考え、元締西沢順之助を真岡に送り、小川万蔵にどういうことなのかと確かめさせた。
「なんらの不正もおこなっておりません。心外です」
 と小川万蔵は憤慨していい、こうもいう。
「これまで川崎様にはずいぶんとつくしてきました。なのにおかしな疑いをかけられたのでは、これ以上仕事をつづける気にはなりません。辞めます。ですがわたしはこれまで三十七年の間、川崎様にはずいぶんとつくし、勘定が立たない千六百両もの大金を穴埋めしております。帳面もしっかりつけております。それを即座にそっくりお返しいただいてけりをつけましょう。そう川崎様にお伝えください」
(『たどりそこねた芭蕉の足跡 八州廻り桑山十兵衛』「野州真岡の六斎市」P.42より)


関東の代官はおおむね全員が江戸に本拠(代官所)を置いていること。地方には陣屋が置かれ手付・手代が実務を担当しているそう。時代劇では地方における代官の権力は相当なふうに描かれているが、うまくやり過ごせば結構な身代を築けるが、しくじると大損をして、果ては遠島に処されたり自害に追い込まれたりした難しい役職のようだ。

物語の主人公の桑山十兵衛は、通称八州廻りは正しくは関東取締出役といい、身分的には関東の代官の部下もしくは家来ということになっている。しかし、代官のおもな任務が年貢の徴収であることに対して、八州廻りは関八州にのさばっている悪党者を捕まえることである。そのため、八州廻りを束ねるのは公事方勘定奉行配下の御留役で評定所にいて、命令を下している。

という微妙な関係の川崎平右衛門から、十兵衛は、小川万蔵に江戸に出て来るよう説得する役目を命じられて、二人の対立に巻き込まれ、表題作にあるように芭蕉の足跡をたどることになる。

佐藤雅美さんの作品を読んでいると、江戸の経済、政治、社会、文化など、いろいろなことに関する知識が織り込まれていて興味深い。楽しみながら江戸のことを勉強したいなら、おすすめだ。

この「八州廻り桑山十兵衛」シリーズでは、因果応報というか、天網恢々というか、すっきりと解決する話が多くて読み味がいいのも気に入っている点の一つ。

主な登場人物
桑山十兵衛:関東取締出役、通称八州廻り
登勢:十兵衛の妻
粂蔵:十兵衛の小者
五兵衛:十兵衛の雇足軽
真田九右衛門:御勘定組頭
川崎平右衛門:上野、下野、常陸、下総で御料を支配する代官
西沢順之助:川崎平右衛門に仕える元締
小川万蔵:真岡の陣屋に常駐する手代
岡部勘右衛門:評定所留役助
富蔵:古河の道案内(関八州の宿場における岡っ引のような存在)
繁蔵:上州邑楽郡当郷村で農間に繰綿の売買をする男
山田屋政次郎:古河横町の雑貨屋
瓢箪屋勝兵衛:古河鍛冶町の香具師
為五郎:古河の馬指(馬子を手配する者)
上村庄助:千五百石取りの旗本渡辺孫左衛門の賄用人
久右衛門:上州邑楽郡大輪村の名主
栗林軍兵衛:本所割下水に住む御家人
勘助:天明の道案内
仙蔵:梁田の道案内
次郎助:蕨の道案内
末蔵:成田の道案内
徳右衛門:大師河原村の旅籠屋
久兵衛:船橋の飴屋
太吉:牛熊村の男
茂左衛門:酒々井の渡り商売(香具師)
平吉:茂左衛門の子分
神田無宿の小吉:久兵衛の子分
幸平:船橋の道案内
藤八:羽咋郡羽咋村の百姓
山田屋庄次郎:桜田伏見町の人宿
市兵衛:鴻巣宿の馬子
八助:鴻巣宿の馬子
三平:鴻巣宿の馬子
嘉七:本宿の茶店の主人
五郎兵衛:鴻巣の旅籠の主人
角右衛門:熊谷宿の旅籠屋角屋の主人
今井屋清兵衛:安中宿の米屋
井上友右衛門:亀井大隅家の勘定頭
九二蔵:盗賊
清吉:九二蔵の子分
釜七:九二蔵の子分
弦蔵:白河の十手持ち
川村左兵衛:白河阿部家の家臣
須田甚兵衛:出羽柴橋の代官所の手代
池田仙九郎:柴橋の代官
辰次:木崎の道案内
米蔵:柴の道案内
沢村屋文左衛門:真岡の木綿問屋
新吉:行き倒れの男
仁兵衛:日野宿の問屋
助右衛門:日野宿の宿方惣代年寄
幸三郎:日野宿の名主
七左衛門:幸三郎の父
彦五郎:日野宿の名主
剛蔵:神奈川宿の道案内
重右衛門:神奈川宿の宿場役人
中村八太夫:武蔵・相模で十三万五千石を支配する代官
斎藤勘兵衛:中村八太夫の手代
伊奈半左衛門:武蔵・下総で十万五千石を支配する代官
竹本政之助:伊奈半左衛門の手代
丑松:墓場で首を斬られた仏の兄
久六:佐倉の道案内
長兵衛:佐倉の旅籠屋

物語●「野州真岡の六斎市」八州廻りの桑山十兵衛は、下総古河で、上州邑楽郡当郷村の繁蔵という農間に繰綿の売買をしている百姓から、直訴を受ける。古河の山田屋政次郎と瓢箪屋勝兵衛と商いの揉め事があるという…。

「蓑笠軍兵衛戸田の渡しの不名誉譚」千五百石の旗本渡辺孫左衛門は、百両を用意しなければ身動きが取れない状況に追い込まれ、用人上村庄助は、知行所の上州邑楽郡大輪村の名主久右衛門に百両を都合するように言い送った。久右衛門は出府して、五両を集めるのがやっとで、代わりに本所割下水の御家人の栗林軍兵衛にお金の工面を頼むのがよいと提案した…。

「死罪覚悟の入墨者の自訴」成田を廻村で訪れた十兵衛は、相州大師河原村の徳右衛門が宿屋で胡麻の蝿に遭い、犯人と思しき男と相部屋だった船橋の飴屋久兵衛と揉めているところに遭遇した…。

「大盗っ人藤八と三人の爆睡」能登の羽咋村出身の藤八は江戸に出て、石州津和野亀井大隅守の大名屋敷で中間奉公をすることになった。奉公を始めて四カ月、上屋敷で金銭の出入りを行う倉方役所で、現金出納の男たち三人が爆睡しているのを見かけて、悪心が芽生えた…。

「たどりそこねた芭蕉の足跡」十兵衛は未解決な揉め事の手がかりを求めて出羽尾花沢に行くことを考え、ついでに息抜きをかねて、松尾芭蕉の『おくのほそ道』の跡をたどる旅に出かけた…。

「この金よく一家を支持するに足るか」十兵衛は、利根川が川留めになり、柴の木賃宿に身分を隠して泊まることになった。その木賃宿に泊まった客たちは、暇つぶしに御法度の賽博奕を始めた。博奕を取り締まる側の役人の十兵衛は…。

「三度の火事と他生の縁」浅草の掏摸の新吉は、仲間と札差の手代を追い落としにかけて、二百五十両の入った風呂敷包みを手にして逃げた。しかし、甲州街道を逃げる途中で四人組の男に襲われて二百五十両の入った風呂敷包みを奪われる。そして、日野宿に入るところで行き倒れになってしまう…。

「手代小川万蔵の復讐」神奈川宿の寺の墓場で、新仏の首が何者かに斬り落とされて持ち去られる事件が起きた。一方、下総の本行徳村では、豪農の家に押し入った賊が、村人たちが駆けつけたために、一文の金も手に掏ることなく逃げ、後に生首を入れた風呂敷包みを置き忘れるという事件が起きた。二つの面妖な事件に、十兵衛が検分に向かうことに…。

目次■野州真岡の六斎市|蓑笠軍兵衛戸田の渡しの不名誉譚|死罪覚悟の入墨者の自訴|大盗っ人藤八と三人の爆睡|たどりそこねた芭蕉の足跡|この金よく一家を支持するに足るか|三度の火事と他生の縁|手代小川万蔵の復讐

装画:中一弥
デザイン:中川真吾
時代:明記されず(亀井大隅守茲尚の時代。文政二年~天保元年)
場所:古河、小川町、真岡、番町、大輪村、天明、蕨、成田、茂原、桜田伏見町、亀井大隅守茲尚上屋敷、板橋、熊谷、鴻巣、白河、柴橋、寒河江、柴、薬師小路、日野、神奈川、馬喰町御用屋敷、本行徳村、小石川同心町、ほか
(文藝春秋・文春文庫・543円・2012/02/10第1刷・351P)
入手日:2012/02/20
読破日:2012/03/20

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