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幻海 The Legend of Ocean

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幻海 The Legend of Ocean
幻海 The Legend of Ocean

(げんかい ざれじぇんどおぶおーしゃん)

伊東潤

(いとうじゅん)
[海洋]
★★★★☆☆

日本に布教でやって来たスイス人のイエズス会宣教師レンヴァルト・シサットを主人公に描く、伝奇色の強い海洋冒険時代小説。描かれているのは、時代は、豊臣秀吉の北条征伐の頃。

物語のプロローグで、シサットは、ヴァティカンで宗教裁判にかけられ、その著書『日本諸島実記』が異端の書とされる。シサットがその書に書き留めた日本で体験したこととは…。

「禁教令を解き、東国の地に、おぬしらの布教の本山を築いてやってもいいぞ」
「それも貴殿の働き次第」
 秀吉と秘書官が、「どうだ」と言わんばかりにシサットを見下ろした。
 この時、シサットは二人の男の底知れないさを知った。
 
(『幻海』P.62より)

 重太郎が顎で促すと、初老の男がおずおずと口を開いた。
「こちらのお武家様より、海人国の話をしてほしいと頼まれ、参りました」
「海人国――」
「そんな国が奥伊豆にあるらしい」
 重太郎が、焚火の榾(ほた)をかき混ぜながら補足した。
「伊豆には、そういう名の国があるのですか」

(中略)

 源助と名乗った初老の男が語り始めた。
「奥伊豆には、周囲の浦とは一切、交流を持たない海人国がございます。その国の習慣も習俗もわれらと全く異なると、幼い頃から聞かされてまいりました。その国の民は顔といわず体といわず入墨を施し、半裸で過ごしているとも聞きました。必要なものはすべて己の手で作り、その一部は、われらのものより優れていると聞きます。とくにその船は、奇妙な形をしておるにもかかわらず、われらの船よりはるかに速く――」
 
(『幻海』P.168より)

奥伊豆に黄金の国「海人国」があるという伝承がロマンを感じさせる。土肥に金山があることから、空想が膨らむ設定である。

「敵将の高橋丹波のようだ」
 傍らに立つ角谷内蔵助が重太郎に告げた時、男が紫色の唇を震わせて何ごとか言った。「南に行ってはならぬ」
「何、もう一度、申せ」
「南の海に行ってはならぬ」
「なぜだ」
「あの海には、黒い竜がおる」
 
(『幻海』P.184より)

 ――彼らは、この国にいる方が幸せなのかもしれない。
シサットは、人にとって何が幸せなのかまた分からなくなった。
 
(『幻海』P.309より)

日本に来て戦いに加わり、そして海人国を訪れたシサットは、自らの信仰のあり方に疑問を抱き始める。

 ――人間の欲深さは、これはほどむごたらしい結果を生むものなのか。しかもわたしは、この惨劇から人々を救うことができなかった。
 シサットは、喩えようのない無力感に囚われていた。
 
(『幻海』P.361より)

白石一郎さんが亡くなってから、面白い海洋冒険小説を読む機会がなくなってしまったと残念に思っていたが、伊東さんのこの作品で久々にスペクタクルな海洋冒険小説の面白さを堪能した。

主な登場人物
レンヴァルト・シサット:イエズス会士
ピエール・デ・トーレス:書記官
オルガンティーノ:司祭
アドレアーノ:神父
弥助:博多の大商人島井宗室の手代
岩見重太郎:伏見奉行所南蛮人総取締役
豊臣秀吉
石田治部少輔:奉行で秀吉の秘書官
向井弾正忠正直:徳川水軍の武将
加藤嘉明:豊臣水軍の大将
脇坂安治:豊臣水軍の大将
長宗我部元親:豊臣水軍の大将
九鬼嘉隆:豊臣水軍の大将
ジュリアン藤次郎:教弟(イルマン)
本多作左衛門重次:徳川水軍の大将
角谷内蔵助:弾正配下の侍大将
権左衛門:船抜けした水主
五助:船抜けした水主
安吉:弾正の船手衆で、キリシタンに改宗する
仁三郎:弾正の船手衆で、キリシタンに改宗する
源助:西伊豆の漁夫
宗左衛門:西伊豆の漁夫
富永山随軒政範:北条水軍の武将
高橋丹波守:北条水軍の武将
村田新左衛門:妻良の領主
織田信雄:織田信長の次男
ラフマン・シャンカール:ゴアの船乗り
御簾三河守:海人国の宰相
日女命:海人国の女王
タウル:海人国の若者

物語●天正十六年(1588)二月、イエズス会レンヴァルト・シサットは、長崎に日本の地の一歩を記す。しかしながら、禁教令が敷かれ日本における布教環境は悪化していた。情勢を好転させるには、秀吉に会って再び布教の許しを得るほかに術がなかった。
伏見で謁見した秀吉から、北条征伐に同行し航海学と天文学の知識を貸すなら、禁教令を解き東国に布教の拠点を作ってもよいといういわれる。シサットはその条件をのみ、豊臣方の徳川水軍に加わる。
だが、戦いのさなか「奥伊豆に無尽蔵の黄金がある」という噂を耳にした一行は危険な海域を目指す…。

目次■プロローグ 1600年3月12日 ヴァティカン/二月二日 長崎/二月八日~二十一日 京都/二月二十四日 伊勢大湊/二月二十六日 大坂/二月二十六日 江尻/二月二十七日 北伊豆内浦/三月一日~八日 戸田/三月十日 土肥/三月十三日 伊勢桑名/三月十三日 宇久須/三月十六日 安良里/三月二十日 雲見/三月二十一日 妻良/三月二十三日 駿河湾上/三月二十六日 沼津/三月二十七日 海人国/三月二十八日 海人国/三月二十九日 海人国/三月三十一日 海人国/四月四日 箱根湯本/エピローグ 1600年3月13日 ヴァティカン/慶長五年(1600)八月某日 日本国南西海域/解説 東えりか

カバー写真:Olli Kekalainen / Getty Images, Garry Gary / Getty Images, Ken Reid / Getty Images
カバーデザイン:泉沢光雄
解説:東えりか
時代:1600年3月12日、天正十六年(1588)二月二日
場所:ヴァティカン サン・ピエトロ寺院、サンタンジェロ城、長崎、伏見、聚楽第、伊勢大湊、大坂城、江尻、長浜城、戸田、宇久須、安良里、雲見、妻良湾、沼津、ほか
(光文社・光文社文庫・667円・2012/06/20第1刷・412P)
入手日:2012/10/02
読破日:2012/11/03

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